【レビュー】仮想世界が紐解いていく実在の恐怖―SF×ホラー『デモニック』




南アフリカの鬼才ニール・ブロムカンプの待望の新作が公開されている。

今回も監督お得意のSF要素を十分に含んだ作品だが、そのSFという手法によりアプローチが試みられたジャンル自体は何とホラー(スリラー)だ。

やはりこの鬼才の映画は一筋縄ではないかない。

ブロムカンプ監督と言えば2009年に低予算SF映画『第9地区』で鮮烈な監督デビューを飾り、そのオリジナリティ溢れる内容で映画ファンをあっという間に虜にした。

地球に難民として訪れたエイリアンとこれを抑圧する人類との対立を描いたこの異色のSF作品は、舞台となった南アフリカ共和国でかつて行われていたアパルトヘイト政策を反映した点などもおそらくは評価され、SF映画では珍しくアカデミー作品賞にもノミネートされている。

続く監督作『エリジウム』『チャッピー』でも独自の見事なSF世界観を構築し、『第9地区』の続編『第10地区』の製作にも大きな期待が寄せられていた監督だが、今回の新作は、「デモニック(demonic)」(=悪魔のような)というタイトル名から明らかなとおり、観客に衝撃や不安感を与え続ける紛れもないホラー作品に仕上がっている。

主人公のカーリーは、かつて老人ホームを放火して大量殺人を犯した母親のアンジェラと過去に縁を切り、長らく疎遠な状況が続いていた。

ある日、彼女は母が昏睡状態にあることを知り、母のいる医療施設を訪れるが、そこで医師から「母の意識へ繋がる仮想空間にダイブして母を呼び戻してほしい」と頼まれる。

驚きと疑いを隠せないまま仮想空間に入った彼女は、そこで母と久々の再会を果たすが、これを契機に母が過去に犯した重罪の原因である恐ろしい真実に引き寄せられていく…

自身は装置を頭部に装着してベッドで眠りながらアバターにより仮想空間の中で行動するという設定は、SFの名作『インセプション』も連想させる。

ただ、このアプローチにより謎が解き明かされていく展開が実に予測不能で刺激的なものになっている。

壮大な展開を見せるSF大作ではなく、低予算を逆手に取ったアイデア勝負の1本。

先行きの見えない旅に連れて行かれるような感覚の中、観客を待っているのは、主人公たちを襲う恐怖に伴う不安と物語自体に対する期待を交互に味うことができる、贅沢な映像体験だ。

ひたすらに観る者を驚かせ怖がらせるホラーというわけではなく、そこは一癖つけてくるのがプロムカンプ監督。多くのファンを唸らせるのもそんな監督の余人に代えがたいセンスにほかならない。

監督自身も「予算が少ないほうがそぎ落とされた脚本によるクリエイティビティを発揮できる」という趣旨の発言も行っているが(やせ我慢ではないはず!)、必ずサプライズを用意してくれる監督の職人芸のような魅力は本作でも随所に光っている。

肝心部分のネタバレはどうしても避けたいストーリーだけに、観終わった後に感想を誰かと共有したくなる作品でもある。

従来のブロムカンプ監督ファンも、未だ監督の映画を観たことがない人も、本作の物語に身を任せて監督の世界観にどっぷりと浸かり、そしてともに来るべき『第10地区』の公開に備えてみるのはどうだろう。

 

『デモニック』

■キャスト:カーリー・ポープ、クリス・ウィリアム・マーティン、マイケル・J・ロジャーズ、ナタリー・ボルト 他
■監督・脚本:ニール・ブロムカンプ

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