【レビュー】生者が死者に向き合うハンガリー発ゴシックホラー『ポスト・モーテム 遺体写真家トーマス』




ハンガリーから届いたこの映画、ご覧のとおり邦題のインパクトもなかなかだが、ホラー映画として異例の本年度アカデミー賞国際⻑編映画部⾨ハンガリー代表作に選出された指折りの作品だ。

実はハンガリーでは長くホラー映画の上映が禁止されていた。

1989年まで続いた社会主義体制下ではホラー映画は“ブルジョア”が観るものとして無価値と見做され、映画業界も需要がないものと判断していたらしい。

ピーター・ベルゲンディ監督は、幸運にも幼少期に父親が海外土産として持ち帰る8ミリフィルムでホラー映画を観る機会に恵まれ、ホラーに強い愛着を持つようになる。

監督はいつしかハンガリーのホラー映画を海外に送り出したいと強く思うようになり、ついにその長年の夢が本作で叶えられた。

舞台は第一次世界大戦が終わって間もない1920年台のハンガリー。

主人公のトーマスは、戦争から瀕死の状態で帰還した後、死者と遺族の最後の写真を撮る「遺体写真家」として働いている。

彼は、少女アナの案内により、戦争とスペイン風邪で大量の死者を出した村を訪れるとになるが、そこでは村人たちは村に棲みつく悪霊に深刻に悩まされていた。

村では地面の凍結により死者を埋葬できないことから、ある意味村人たちは死者との共存を強いられている。

そのため村中には疲弊した暗い雰囲気が充満しており、生者にとっても死者にとってもよそ者は唯一トーマスのみだ。

悪霊に苦しむ村人たちは訝しみながらもそんなトーマスに期待するほかすべがない。

ただ、映画にとってもトーマスにとっても、救いとなるのは、可憐さとたくましさを兼ね備えた少女アナの存在だ。

悪霊たちから守るべき存在として、死者の対極にある若い命として、アナには暗闇の中で決して消してはならない小さな灯火のような強い存在感がある。

展開する物語はある意味典型的なゴシックホラーだが、悪霊たちが容赦なく襲いかかってくる衝撃的な映像には目を見張る。

それでも死者や悪霊の描き方にはどことなく美意識が伴っていて、そこには観る者を脅かすためだけのグロテスクさなどはない。

これはトーマスの職業でもある「遺体写真家」が遺族との写真撮影の中で死者を丁重に取り扱っていることとも感覚的に付合する。

監督は、ハンガリーの歴史の痛みを伴うホラー映画を意図したと公言しているが、悪霊や死者への描き方を見ても、そこには歴史の犠牲者に対する追悼の念が込められているように感じられた。

初見ではタイトルの中の「遺体写真家」というパワーワードに少々戸惑う人もいるかもしれないが、「遺体写真(ポストモーテムフォトグラフィー)」の撮影は、実際にヨーロッパでは過去のある時期に庶民の間で行われていたらしい。

ハンガリーの負の歴史に簡単に蓋をするのではなく国内外に向けてホラー映画の形でこれを公開するということ。

それは「遺体写真」の本質にも近く、歴史の犠牲者を真に弔い冥福を祈る行為を兼ねているのかもしれない。

そんなことを考えながら、もともと好きなホラーというジャンルをまた一つ別の理由から好きになれたことが少し嬉しかった。