「コカイン・ベア」。
何て爽快なまでにシンプルかつ強烈なタイトルだろう。
この映画でクマが摂取するのは「ハニー・ベア」こと“くまのプーさん”が愛してやまないハチミツなんかではない。紛れもなくあのコカインだ。
監督は、女優から監督業にも手を広げ「ピッチ・パーフェクト2」「チャーリーズ・エンジェル(2019)」などの監督作でも知られるエリザベス・バンクス。
彼女の経歴を振り返ると、コメディ女優・コメディ映画監督としての確かな才能を感じるが、その才能は本作でさらに開花・爆発している。
そう、まるで宙に大量の白い粉が舞い散るかのように。
薬物を摂取した動物が暴れ回る映画と言えば、2018年公開の『ランペイジ 巨獣大乱闘』が思い浮かぶ。
悪徳企業が密かに研究していた遺伝子実験の薬が事故で散布され、狼、ワニ、ゴリラなどが突然変異で巨大化して暴走するというパニックムービーだが、原作ゲームの映画化であり、そこにリアリティはなかった。
その点、本作は何と驚くべき2つの実話にインスパイアされている。
(以下、映画のネタバレではないのでご安心を)
1つ目は、1985年にアメリカのテネシー州で起きた、大量のドラッグを積んだ飛行機からある麻薬密輸犯がパラシュートで落下して死亡するという事故だ。
2つ目は、そのわずか数か月後に隣のジョージア州にいたハンターが79キロのアメリカクロクマの死体を発見したという事件だ。
死因はバッグの中に入っていた34㎏の純度95%のコカインの過剰摂取だった。
クマの死体は詰め物をされ、剥製として展示された後、数々の人の手にわたり、2015年にはあるドライブインへ行き着き、そこでパブロ・エスコベアと改名されたらしい(何てハイセンスなんだろう)。
2016年にはモールのCMにも登場したとか。
嘘のような本当の事件が数か月の間に近い場所で連続して起きたこと自体も驚きだが(ドキュメンタリー映画を観てみたいくらいだ)、それ以上に本作のアレンジと展開はエキサイティングでのめり込んでしまう。
もちろん実話のようにクマは過剰摂取で密かにひっそりと死んだりはしない。
コカインを摂取して凶暴化し、これでもかと人間相手に暴れ回るのだ。
手の付けられないクマに立ち向かうことになる人間側のキャラクターがまた曲者ぞろいで目が離せない。
麻薬王、フィクサー、学校をサボった少女と友人、少女の母親、警察、レンジャー。
クマVS人間という単純な対立構造ではなく、複雑な人間同士の利害対立関係。
その関係を鋭い爪と牙で切り裂くシンプルにラリってハイになりすぎたクマ。
そのクマは大きなクロクマだが、鼻先だけ見るとシロクマだ。
タランティーノ映画も顔負けといった具合に、登場人物(動物)の思惑と行動が絡み合って、物語自体が生き物のように躍動しながら加速度的に展開していく。
著名人の違法薬物事案も未だに途絶えることがない今日、最新の薬物乱用防止キャンペーン映画はこれでキマりだ!