【レビュー】アメリカ司法制度の被害者となった家族の強い絆を描く感動作―『ブルー・バイユー』




互いに強く結びつこうとするアメリカのある家族の溢れる愛と、これを引き裂いてしまう権力の残酷な現実を描いた、感動の力作が公開を迎える。

韓国系アメリカ人俳優のジャスティン・チョンが監督・脚本・主演を務め、妻役のアリシア・ヴィキャンデルと共演する。

主人公のアントニオは、韓国で生まれ、3歳の幼さで養子としてアメリカに渡った。

そこで大人に育った彼は、シングルマザーのキャシーと結婚し、彼女の娘のジェシーと3人でささやかな暮らしを送っていた。

そんな裕福とは言えないが平穏で幸せな暮らしを揺さぶるような出来事が起きる。

些細なことから警察とトラブルを起こして逮捕されたアントニオに30年以上前の養子関係の書類の不備が発覚し、強制送還の危機に直面してしまうのだ。

裁判をするにも高額な費用がかかることを知った夫婦は、ともに暮らしたいと強く願いながら、途方に暮れる。

カメラは基本的にアントニオの行動を追い、16ミリフィルムによる画像のざらざらした質感も相俟って、映画は半ばドキュメンタリーのような雰囲気を醸し出している。

国際社会で問題にされるべき重大なテーマを扱った作品だが、その物語自体は一つの家族に寄り添った非常にパーソナルなものだ。

そんな物語をよりエモーショナルにしている要素の一つに映像の美しさがある。

ニューオーリンズの何気ない1日として映し出された空や水辺の景色は観る者をうっとりさせるだろう。

アントニオら家族も同様で、決して珍しくはないその家族のありようや関係性が、確かに特別なものであり、暖かい光に満ち溢れているように感じてくる。

自ら映画の製作を企画したジャスティン・チョンの熱演は言うまでもないが、夫への愛を気丈に貫く妻を演じたアリシア・ヴィキャンデルがまた素晴らしい。

夫の行動がメインに描かれるため同じ量の出番こそないものの、重要なシーンでは周囲を飲み込んでしまうほどの存在感を発揮して強い印象を残す。

彼女の悲痛な立ち振る舞いからもまたこの家族が互いをどれだけ必要としているかがひしひしと伝わってくるのだ。

アメリカの司法制度の不備や警察権力の濫用を正面から描き、アメリカにおいて特定の家族が普通の生活を送ることが困難であるという問題について真摯に問いかける作品だ。

同時に、関係性を切り裂かれてしまう家族の存在がいかにかけがえのなく愛しいものであるかを心に直接訴えかけ、再認識させる映画でもある。

もっとも、本作品が描く要素はこれらにとどまらない。

アントニオは国際養子に出され、言わば韓国の実の親からは捨てられたという思いを今なおぬぐうことができず、心に深い傷を負っている。

また、アメリカでの養親との関係も彼の心を癒すどころからその傷をさらに広げていた。

そんな彼が、自身のルーツに触れてアイデンティティを意識したことを契機に過去の事実と正面から向き合った時、どのような想いを抱き、どのような決断を下すのか。

本作は、そんな家族関係で消えない傷を負った一人の人間が過去と対峙して未来に向けて力強く歩もうとする物語でもあるのだ。

その意味で、アントニオと娘のジェシーとの間の会話や関係性は、映画の最初から最後まで全て大きな意味を持っている。

大人たちが右往左往する中で、ただ純粋に思ったように振る舞い、純粋にその心の声を発する少女のジェシー。

大人たちの心を何よりもえぐる彼女の存在こそ、物事を複雑にしてしまいがちな大人たちが立ち返るべき本来の姿なのかもしれないと思わずにはいられなかった。

喩えようのない暖かさと祈るような想い。

押し留めていた感情が一気に溢れ出し、身体を震わせて泣かずにはいられない体験。

この映画は、自分の心がどこにあるのかを教えてくれる。

 

『ブルー・バイユー』

■監督・脚本・主演:ジャスティン・チョン
■出演:アリシア・ヴィキャンデル、マーク・オブライエン、リン・ダン・ファン、エモリー・コーエン 

©2021 Focus Features, LLC.

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毘沙門天 華男
映画、旅、ボクシング、読書、絵を描くこと、サウナ、酒が趣味の福岡出身の多動性中年。このプロフィールを書いてる途中もドラクエウォークをしています。