【レビュー】若き無名の天才クライマー、そのキャラクターと偉業に密着―『アルピニスト』




『MERU/メルー』『フリーソロ』『ニルマル・プルジャ 不可能を可能にした登山家』などの山岳ドキュメンタリー映画の傑作が世に出た後、もうこれらを超えるような衝撃作は出てこないんじゃないか。

漠然とそんなイメージを抱いていた中、とんでもないクライマーの実像に迫った衝撃のドキュメンタリーが公開されている。

そのクライマーとはカナダ生まれの23歳の青年、マーク・アンドレ・ルクレール

最高級の難易度を誇る断崖絶壁に「フリーソロ」で(たった一人で命綱なしで)挑む彼は、無名にして孤高の、そして紛れもない天才アルピニストだ。

天才ゆえにというべきか、マークの性格は明らかに風変わりだ。

多くの登山家が登山達成のアピールのために利用するSNSを彼は一切やらない。

それに加えて何と携帯電話さえ持っていない。

幼い頃にADHDと診断されて社会生活に溶け込むことが苦手だった彼は、自己流で登山技術を身につけた。

そして、その天性の才能を遺憾なくどこまでも発揮していく。

地位や名誉を求めることと無縁の彼は、現代社会のストレスからは十分な距離を置き、何とも自由で朗らかで魅力に溢れている。

そうして彼は、ひたすらに我が道を突き進み、瞬く間に前人未到の驚くべき登山記録を打ち立てていく。

監督はアウトドア系のドキュメンタリー作品を長年にわたり共同で数多く手がけてきたピーター・モーティマーとニック・ローゼン。

彼らがカナダに驚くべき無名の新人アルピニストがいるとの噂を聞き、実際にコンタクトを取ろうとしたのが本作が生まれたきっかけだ。

マークの信頼を勝ち得た監督たちですらマークの自由気ままな行動に振り回される場面も描かれていて、誰にも束縛されない彼のスタイルの徹底ぶりにはあっぱれだ。

雄大で美しい自然。

それは人が正面から立ち向かえばすぐさまに脅威となる。

たった一人で大きなリスクを取りつつ地球そのものと戯れる若き青年の姿は、SNSの情報に埋もれて大勢と群れて安心を覚える現代人に何を示唆してくれるだろう。

自分は、真の恐怖と自由をたった一人で享受する男に対して、とめどない憧れと嫉妬を覚えた。

マーク・アンドレ・ルクレール。

彼は天才アルピニストにして真の哲学者だ。

 

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毘沙門天 華男
映画、旅、ボクシング、読書、絵を描くこと、サウナ、酒が趣味の福岡出身の多動性中年。このプロフィールを書いてる途中もドラクエウォークをしています。