【レビュー】憎しみを捨てきれない人間の苦悩と音楽という一つの契機の可能性―『クレッシェンド 音楽の架け橋』




音楽の力や可能性を謳った映画は少なくない。

現在公開中の『コーダ あいのうた』は娘の歌声で家族が再び繋がる物語だし、少し前だと『オーケストラ!』は文字どおりオーケストラで人々の気持ちが一つになる感動作だ。

そんな音楽の素晴らしさを描いた数ある作品の中でも、本作は現実に横たわる困難な問題に安易な回答を与えない部類の作品だ。

ただ当事者たちの苦悶や発見、喜びに寄り添い、その感情の変化を丁寧にすくい取っていく。

そんな監督の強い信念に基づくであろう辛抱強い立ち位置を体現している存在がこの物語に登場する指揮者のエドゥアルト・スポルクだ。

著名な指揮者であるスポルクは、パレスチナとイスラエルの若者たちでオーケストラを結成して和平コンサートを開催する計画を引き受けることになる。

家族の反対、軍の検問、オーディションを何とか乗り越えた彼らだったが、予想どおりと言うべきか政治から距離を置けずにメンバー内で激しく対立してしまう。

困ったスポルクはコンサートの成功に向けて若者たちを導こうと試行錯誤するのだが…

スポルクが指揮者として様々な問題に対してとるアプローチはまさに理想的な為政者像を重ねたくなるほどに素晴らしい。

そしてこの物語自体はオリジナルだが、楽団には実在のモデルがある。

世界的指揮者のダニエル・バレンボイムと米文学者のエドワード・サイードが1999年に設立し、二人の故郷であるイスラエルとパレスチナ、アラブ諸国から若い音楽家が集った「ウェスト=イースタン・ディバン管弦楽団」だ。

劇中では著名な音楽も使用されており、「カノン ニ長調」(by ヨハン・パッヘルベル)「四季」より「冬」(by アントニオ・ヴィヴァルディ)「ボレロ」(by モーリス・ラヴェル)など、数々の素晴らしい音楽がシーンごとの演奏家たちの状況や感情をも反映して映画を彩る。

本作が秀逸なのは、異なる様々な立場の人々の声を拾い上げ、憎しみや対立の根深さをリアルに描き、単に「音楽」を最大公約数とした安易な解決を図っていないところだろう。

綺麗事に流れてしまってはいけないという強い意識のようなものを絶えず感じた。

誰しも本当は平和でいたいと願っている。

ただ、平和を希求する理性が広く存在するように、衝動だけでなく冷静な憎しみもこの世には確かに存在する。

本作は、美しい名曲だけでなく、簡単に捨てることのできない憎しみが奏でる不協和音をたっぷりと観客に聴かせることで、映画が「おとぎ話」に堕することを一貫して拒否している。

そのうえで、それでも人が衝動的に他者を求めたり連帯しようとする心を奥底に持つという事実をそっと音楽という光で照らすのだ。

憎しみと対立の壁が未だに両者を隔てているとしても、その壁を透明で薄いものにさえできたなら、そして互いが互いの目を正面から見つめることができたなら、それぞれの心の声は例えば音楽に乗って相手の心に届くのかもしれないし、きっとそうだと思いたい。

一筋縄ではいかない重いテーマに、それでも一筋の希望の光を当てようと試みたこの映画に、コンサートの観客に代わって心から拍手を送りたくなった。

 

『クレッシェンド 音楽の架け橋』

■監督:ドロール・ザハヴィ
■脚本:ヨハネス・ロッター、ドロール・ザハヴィ
■出演:ペーター・シモニシェック、ダニエル・ドンスコイ、サブリナ・アマーリ
■配給:松竹

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