【レビュー】フィリピンで苦しい生活を送る日本人の実情と思惑に迫る異色のドキュメンタリー『なれのはて』




舞台はフィリピン、なのにカメラが密着する人物は全員日本人。

年末年始と家族が集いがちなこの年の瀬の時期に、1本の異色のドキュメンタリー映画が劇場公開中だ。

本作は、2020年の東京ドキュメンタリー映画祭で長編部門グランプリ・観客賞も受賞しており、日本で暮らす人々の心の琴線をも確実に捉えてみせた。

この映画を観るまで自分は「困窮邦人」という言葉を知らなかった。

もちろん日本国内にも困窮している人は少なからずいるのだが、外国で苦しい生活を送る日本人もいる。

彼ら彼女らは、何らかの理由により日本で居場所を失い、異国へ飛んではみたものの、現地での生活は困窮を極める。

仕事もままならず、少ない所持金では帰国することもできないまま、異国の庶民に助けられながら何とかその日その日を生き延びる生活を送る。

本作が密着するのは、そんな「困窮邦人」、具体的にはフィリピンの貧困地区で生活を送る4人の高齢男性たちだ。

4人は互いにつながりはなく、監督はそれぞれの男性に対し個別に7年間にもわたり断続的に密着取材を続け、本作において彼らの赤裸々な日常を交互に映し出すことに成功した。

警察官、証券会社勤務、暴力団構成員、トラック運転手、と4人が日本で就いていた職業はバラバラだ。

離婚、フィリピーナへの執着、犯罪絡みの事件、フィリピンパブ中毒、と4人がフィリピンへ渡った理由も様々だ。

ただ、彼らには少なくとも3つの共通点がある。

それは、日本に家族がいること、日本へ帰ることを望んでいないこと、困窮しながらもどこか幸せそうに見えること。

病気や体の不自由を抱えるため周りのフィリピン人の善意に助けらながらリハビリ生活を送る者。

現地妻や新しい家族との慎ましい生活に喜びを見出す者。

皆一様にギリギリの生活を送っているが、そこに自嘲や達観はあっても怒りや愚痴や悲しみはさほど感じられない。

日本を離れて東南アジアの現地人の生活に身をゆだねるといっても、若い人間がバックパッカーとして安旅に興じて好奇心を満たすのとは全く話が違う。

高齢者である彼らには、開かれた未来や可能性はなく、いつでも帰ることができる故郷はない。

本作がそんな彼らを通して描くのは、まさに意図せず流れ着いて最終的に他の居場所を失った彼らの「なれの果て」だ。

それでも彼らがどこか幸せそうに見えるのは何故だろう。

インフラも法的整備も整い、治安も経済も生活もおそらくはフィリピンより高い水準にある日本。

だからこそ他方で潔癖なまでに不寛容な国に成長してしまった我が国では、自己責任の原則は自業自得という言葉に早変わりし、人生で大きく転んでしまった者の居場所はますます少なくなっているのかもしれない。

人生で転んだ人を珍しいとも思わなそうなフィリピンのスラムの人々の陽気さや笑顔、その混沌とした街並みや生活状況。

そこに溶け込む4人のありのままの姿を垣間見て、人の真の「幸福」とは何かということを考えてしまった。

その本質は、もしかしたら競争や優越感とは無縁のささやかながらも絶対的なものなのかもしれない。

そうだとすれば、彼らがフィリピンに流れ着き、そこを終の棲家として一向にそこから離れようとしなかった理由も、ほんの少しだけ理解できたような気がした。

最後に補足すると、映画の中でこれまで見たことのない驚くべきシーンが1つある。

これには、まさに「ありのまま」を捉えたドキュメンタリーとしての本気度を感じた。

 

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