2018年6月、サッカーW杯ロシア大会に沸く中、タイ北部で複数の子供たちが水没した洞窟内に閉じ込められたという衝撃的なニュースが世界を駆け巡った。
子供たちの発見やその後の救出活動については日本でも大きく報道されたが、その困難を極めた救出作業の詳細を知る人はきっと少ないはずだ。
本作はそんな洞窟遭難事故の舞台裏を克明に映し出す迫真のドキュメンタリー、そう、面白くないはずがない。
ただ期待する理由はその題材だけにあるわけではない。
それは本作の監督がエリザベス・チャイ・バサルヘリィ&ジミー・チン夫妻であるという事実。
彼らが過去に監督した2本のドキュメンタリー作品、すなわちヒマラヤ山脈のメルー峰への初登頂を描いた『MERU/メルー』、アレックス・オノルドによるエル・キャピタンへの命綱なしのクライミングに迫った『フリーソロ』はいずれも傑作と称賛されており、夫妻の名前とその映像作家としての手腕は既に映画界に広く知れ渡っている(この2本を未見の人は是非観てみてほしい)。
事故当時、モンスーンによる大雨で洞窟内の水位は一向に下がらず、地元のサッカーチームを構成する少年12人とコーチ1人がよくやく発見されたのは、何と捜索から10日も経った日のことで、しかも洞窟の入り口から5kmも奥に入り込んだ地点だった。
全員が無事発見されたニュースに世界が歓喜する一方で、特殊技能を必要とする洞窟潜水の想像を絶する困難さに現場の捜索活動は遅々として進まない。
救出側も命の危険を晒さねばならないような状況の中、世界中から洞窟ダイビングを趣味とする民間人たちが集められる。
まさにフィクションを超えるような驚きの展開だが、この映画はその後の現場の状況を余すところなくつぶさに披露してくれる。
事実を正確に伝えたいという監督の熱意は、タイ海軍が保有していた87時間にも及ぶ救出映像の入手にも繋がり、当事者のインタビューや洞窟内の様子を再現した3D映像も交えて、本作は当時のスリリングな救出作業と関わった人間たちの人となりや心を見事に描き出す。
監督夫婦はこれまでのドキュメンタリー作品でも人が不可能と思えるほどの困難に立ち向かう姿を映像に捉えてきた。
そんな姿を目にして自ずと湧き上がってくる畏敬の念や感動は言葉では言い表せないほどの清冽さのようなものを孕んでいる。
もっとも、本作は同じように人が困難なことに向かう場面であるとはいえ、決定的に異なるのはそれが人命救助に向けられてる点だろう。
監督は本作を「道義的責任についての映画」と説明する。
そして「もし誰かを救助する技術を持っている場合、自分自身が危険に晒されてもそれを実行する責任があるのでしょうか?」とも問いかける。
いつまでも降り止まない雨。
雨水に満たされ、捜索隊を厳しく拒絶する暗闇に包まれた巨大な洞窟。
どれだけ雨が降っても、洞窟がどれだけ深く長く暗くとも、自身の使命を自覚して本気で他人の命を助けようとする人間たちの想いの強さには限度がない。
民間人ダイバーの一挙手一投足や彼らが吐露する想いを目にし耳にしながら、そんな思いを抱いた。
フィクションを超える驚きのエンターテイメント作品であり、世界に散在する普段は目立たない謙虚な英雄たちに焦点を当てたドラマチックな感動作でもある。
映画を観終わって暗い映画館の扉から出る際に、洞窟で17日間を生き抜いた少年たちの強靭な精神力と彼らが味わった生の喜びについて、改めて想像してみてもいいかもしれない。
『THE RESCUE 奇跡を起こした者たち』
■監督:エリザベス・チャイ・ヴァサルヘリィ、ジミー・チン
■撮影:デヴィッド・カッツネルソン、イアン・シーブルック、ピチャ・スリサンサニー
■配給・宣伝:アンプラグド
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