【レビュー】時間軸を変えて新しく蘇る、映画史上最悪のトラウマ級衝撃作―ギャスパー・ノエ監督『アレックス STRAIGHT CUT』




個人的な映画体験の中で、これほどにショッキングで悪夢のような映画を観たことがあったか。

約20年前にその映画を観た時とその後にも何度かそんな自問自答をしたことを覚えている。

モラルハザードな作品で絶えず観客を挑発し続けるフランスの鬼才ギャスパー・ノエ、彼が2002年に自信を持って放った1本の映画『アレックス』はカンヌ映画祭でも大きく物議を醸し、その救いようのない描写に途中退場者も続出したという。


美しい恋人アレックス(モニカ・ベルッチ)が激しいレイプと暴力の被害に遭い、恋人の男(ヴァンサン・カッセル)が本能のままに犯人に復讐を果たそうとするこの物語は、生々しい暴力のシーンの容赦のないロングショットとともに、当時若かった自分に強烈な印象を与え、観終わった後は身も心もぐったり疲れ切ってしまった。

ただ、この映画には、一つの救いがあった。

それは、復讐→被害→平和な日常と、物語の時系列を逆再生させる構造を映画が採用していたことだ。

物語自体のショッキングな結末こそ変わらないものの、この逆再生と映画としての着地のありようは、今思えば、観る者に対し、暴力のインパクトを若干薄めさせ、「時間の流れは取り返しがつかない」という哲学的かつ絶望的なテーマに対して理性的に向き合える余地を、ほんの少しだけ与えていた気もする。


これに対し、今回公開される『アレックス STRAIGHT CUT』は時系列に従って物語が進むアレンジ版となっている。

観る者にとって「救い」でもあった逆再生の設定を、ギャスパー・ノエ監督は公開から約20年も経った今になって解消し、新たに正しい時間軸に沿って再構成してみせた。

オリジナル公開後約20年の時の経過が癒していた心の傷をまさに逆なでするようなこの試み。

この長い時の経過すら監督の思惑の一部なのかもしれないと疑ってもみたくなる。

怖いもの見たさ、という言葉があるが、それとも少し違う気もする。

物語で起こる出来事は最悪なものだが、地球上で生きる限り他人事ではなく、今もどこかでこんな不幸な出来事が起きていてもおかしくはない。

人は他人が被害に遭った残虐なニュースを見聞きして、平穏な自身の生活を噛みしめることで幸せを覚える心理があるという。

そんな醜い性(さが)を肯定せざるを得ないとしたら、現実の事件を検索するよりはこの作品を体験するほうがマシかもしれない。

過去の逆再生オリジナル版とはまた異なり、未来に向かって正しく時間が進むSTRAIGHT CUT版は、人が悲劇へ巻き込まれ、あるいは悲劇に向かって突っ走っていく姿が以前にも増して加速度的に描かれている。

観る者は、理性の入り込む余地がないほどに、それこそあっという間に悲劇を追体験させられるだろう。

オリジナルを観たことがない人は、両方観比べて体感の違いを味わうのもいいだろう。

もちろん、自分には異なるバージョンとはいえこの物語を短時間に2回も観る気力と体力はないのだが…

その意味では、前作と本作が約20年もの時間的猶予を経て公開されたことについて、素直に感謝したいくらいだ。

 

『アレックス STRAIGHT CUT』

■監督・脚本・撮影・編集:ギャスパー・ノエ
■出演:モニカ・ベルッチ ヴァンサン・カッセル アルベール・デュポンテル ジョー・ブレスティア
■配給:太秦

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