【レビュー】民衆の怒りのエネルギーが正義の有りようを覆い尽くし、根底から揺さぶる―映画『レ・ミゼラブル』




7年ほど前に世間を賑わせた”古典”ミュージカル映画とタイトルこそ同じだが、本作はフランスはパリ郊外の現在を生々しく切り取った衝撃作。

そこでは誰も高らかに歌わない代わりに、叫びにも似た激しい行動で自らの意思を示す。

名作と名高いヴィクトル・ユーゴーの小説『レ・ミゼラブル』の舞台となった街 モンフェルメイユの今――

移民どうしがピリピリした緊張感でいさかい合う治安最悪の街を、新たに赴任してきた主人公の警官が、強権を振るうベテラン警官らとともにパトロールへ繰り出す。

とある少年の軽はずみな犯罪を契機に、住民たちの対立が激化。

これを収めようとする警官たちに対する住民のかねてからの強い不満も重なって、事態はさらに混迷の一途を辿ることに・・・

冒頭は犯罪多発地域における新人警官へのいびりや試練が映画『トレーニングデイ』を少し彷彿させるが、物語はそんな連想をすぐに離れて警官の内輪問題だけにとどまらずさらに外側へ広がりを見せる。

果たしてその行き着く先は映画『ジョーカー』にも比類する被支配層の爆発か、映画『デトロイト』のような支配層による不当かつ強力な弾圧か?

誰もが抱え切れないほどの不満を抱え、街全体が敵意のガスに満ち満ちたこの場所では、移民間の対立、警官どうしの対立、警官と住民の間の対立、どんな対立軸でも摩擦で一度火が点いてしまえば大爆発が生じかねない。

どんな時でも正義であろうと努める主人公、そんな主人公を絶えず翻弄し、その一個人の努力も軽々と覆い尽くしてしまうほどの民衆の怒りと行動のパワー。

これは劇中、W杯優勝の熱狂とライオンの存在がメタファーとして効いている。

おそらくは主人公と同じ目線で物事を考え、対応することを望むであろう自分たち観客。

その混乱した頭と揺さぶられた心に、何が正しいか正しくないか以前の問題を提示するヴィクトル・ユーゴーの言葉がナイフのように深く突き刺さって、いつまでも抜けないだろう。

 

映画『レ・ミゼラブル』 あらすじ

パリ郊外に位置するモンフェルメイユ。ヴィクトル・ユゴーの小説「レ・ミゼラブル」の舞台でもあるこの街は、いまや移民や低所得者が多く住む危険な犯罪地域と化していた。犯罪防止班に新しく加わることとなった警官のステファンは、仲間と共にパトロールをするうちに、複数のグループ同士が緊張関係にあることを察知する。そんなある日、イッサという名の少年が引き起こした些細な出来事が大きな騒動へと発展。事件解決へと奮闘するステファンたちだが、事態は取り返しのつかない方向へと進み始めることに……。

■監督・脚本:ラジ・リ
■出演:ダミアン・ボナール、アレクシス・マネンティ、ジェブリル・ゾンガ、ジャンヌ・バリバール
■配給:東北新社 STAR CHANNEL MOVIES
■後援:在日フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本

©SRAB FILMS LYLY FILMS RECTANGLE PRODUCTIONS

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毘沙門天 華男
映画、旅、ボクシング、読書、絵を描くこと、サウナ、酒が趣味の福岡出身の多動性中年。このプロフィールを書いてる途中もドラクエウォークをしています。