19世紀末のフランスを騒然とさせた歴史的な冤罪事件「ドレフュス事件」。
ユダヤ系の陸軍大尉ドレフュスが、ドイツに軍事機密を漏洩したというスパイ容疑で終身刑を宣告され、仏領ギアナの悪魔島に収監されたことに端を発する一連の事件を指すが、本作はドレフュスの無罪を主張する彼の元教官でもあるジョルジュ・ピカール中佐の視点で描かれる物語だ。
監督は『戦場のピアニスト』『ゴーストライター』などの名作で知られる巨匠ロマン・ポランスキー。
今や80代後半に差しかかったポランスキー監督だが、過去に少女へ性的被害を与えたという罪でアメリカで有罪判決を受け、未だ同国よ身柄引き渡しの対象となっている事実を考えると、監督がこの世紀の冤罪事件を新作に選んだこと自体もなかなかに考えさせられるものがある。
原題は『J’accuse』。
フランス語で「私は告発する」という意味だが、これはドレフュスの冤罪を訴えたピカールと共闘した作家のエミール・ゾラが当時新聞紙上に掲載した告発状の見出しだ。
ちなみに邦題は、ポランスキー監督と共同脚本を手がけたロバート・ハリスによるベストセラーの原作小説のタイトルから付けられた。
120年以上前の外国での事件とはいえ、今の日本人にとって決して他人事ではない。
権力による真実の隠蔽、組織ぐるみの文書の改竄・証拠の捏造、メディアコントロール。
どれも最近の国内ニュースで聞いたような言葉ばかりだ。
どれだけ時代が進んでも組織や社会が個人を犠牲にして顧みないという人間の愚かさを現代社会の中に見出すこともできるが、それ以上に本作はどんな時代でも自身の内にある人間らしい良心に従ってシンプルに正義を貫くということの尊さ・素晴らしさを改めて実感させてくれる。
何より主人公のピカールが人間として決して完璧ではないところが実にいい。
彼は、人妻を愛人にしているし、当時の風潮よろしく反ユダヤ思想の持ち主でもあるのだ。
そんな彼を突き動かす気持ちは「無罪の人間は無罪と扱われるべきだ」という、とてもシンプルなものだ。
ここに、当時より100年以上前に亡くなっているが、フランスの哲学者ヴォルテールのある名言が頭をかすめた。
「私はあなたの意見には反対だ。だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る。」
正確にはこの名言が示すような民主主義を扱った物語ではないが、感情的に誰かの味方をしたいから味方をするのではなく、おかしいからおかしいと言っているだけだ、という極めて単純なスタンス。
不特定多数に対してその好き嫌いを煽るニュースが拡散され、やたらに派手で目立つことが重視されるSNSが溢れる今日、本作は真の正義というものが決して派手なものではなく、好き嫌いの感情にすら左右されない確固としたものであることに思い至らせてくれる。
ピカールの前に次々と障害が横たわり、それらを彼が何とか乗り越えていく様は、時代背景の古さにかかわらず一級のサスペンスに仕上がっている。
不完全な一人の人間が大きすぎる権力と対峙しながらも、ぶれない心を一貫して抱き続けた実話だ。
長いものに決して巻かれずに自分の信念を貫くということ。
そんな言動や態度は、周囲からの不当な圧力や攻撃が増えれば増えるほど、じわじわと、そして最後にはくっきりと消え難いほど大きな感動の輪郭を帯びてくる。
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