【レビュー】ボクシングの魔力に翻弄される人間たち―『生きててよかった』




関わる人間の人生に栄光と喜びをもたらすこともあれば、大いにこれを狂わせることもある、それがボクシングだ。

名作『ロッキー』に代表されるような世界中の多くの映画がそんなボクシングの魔力を描いてきたが、圧倒的なリアリティをもった無骨なボクシング映画がまた1つ日本で生まれた。

堂々たる主演を務めるのは中国を拠点にアクション映画で活躍してきた木幡竜

元プロボクサーでもある彼は、付け焼き刃ではないリアルで壮絶なファイトシーンを演じ切り、まさにボクシングに取り憑かれてしまった男を体現する。

木幡演じるボクサーの楠木創太は、そのキャリアにドクターストップがかかり、交際相手との結婚を契機に、ボクシングに大きな未練を感じつつも引退を決意する。

しかし、生活のために新たに就いた仕事はうまくいかず、くすぶる毎日を送る中、大金を賭けた違法な地下格闘技へのオファーを受けて、新たな闘いの世界にのめり込むことになる。

やはり自身もボクサー、サラリーマン、俳優へと転向経験のある木幡の演技には自ずと確かなリアリティが宿ってくる。

セカンドキャリアの構築に苦しむ元ボクサーの葛藤、リングでの闘いにアドレナリンが全開になり理屈抜きの充実感を感じずにはいられないその性(さが)。

本当に闘ってるとしか思えない技術と迫力で魅せる生々しいリング上でのシーンを筆頭に、目に焼き付くようなボクサー楠木の生き様が何と言っても魅力的な作品だ。

ただこの映画の魅力は主演の演技だけにとどまらない。

楠木を応援する売れない役者の松岡健児(今野浩喜)の感情のこもった熱演。

楠木とともにロッキーに魅了された彼が彼なりの葛藤を抱えつつも良心を貫いていく姿もサブストーリーとして印象的だ。

楠木と結婚する幸子(鎌滝恵利)の存在感はそれ以上に大きいかもしれない。彼女の優しさと密かに抱える心の闇、そして時折外に解放する感情の爆発。

バトルセックスとも形容される楠とのセックスシーンや終盤の振り切れた行動。リングの外でのMVPは彼女で決まりだ。

危うくて心がヒリヒリするような夢は誰もが追える代物ではない。

だけど、この映画を観るとどこかくずぶった日常にもう一度自分を奮い立たせたくなるような気持ちが湧き上がるのは何故だろう。

 

©2022ハピネットファントム・スタジオ

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毘沙門天 華男
映画、旅、ボクシング、読書、絵を描くこと、サウナ、酒が趣味の福岡出身の多動性中年。このプロフィールを書いてる途中もドラクエウォークをしています。