【レビュー】母親に抑圧された娘の感情が狂気に変わるまで膨らみ続ける―『ハッチング―孵化―』




国際連合による世界幸福度調査で4年連続世界一に輝いた北欧フィンランド。

そんな国からその幸福度を皮肉ったようなブラックなイノセントホラーが届いた。

体操の大会に向けて日々練習に励む12歳の少女ティンヤの家族はどこかおかしい。

絵に描いたような幸せな家族像を動画配信することに自己実現を感じている、どこか未熟な母親は、娘のティンヤを所有物のように扱い、体操の練習にも度が過ぎた干渉を行い始める。

事なかれ主義の父親はいつも笑顔だが娘の本当の気持ちには少しも寄り添えていない。

母親からのプレッシャーに抑圧されながら、その期待に何とか応えようとするティンヤは、ある夜、森で不思議な卵を発見する。

彼女がその卵を家族に内緒でベッドの中で温め続けると、卵は日に日に成長して孵化を迎え、遂に恐ろしいモノが外に放たれてしまう。

少女ティンヤの抑圧された感情が一気に狂気として噴き出すことで物語は劇的な展開を見せるが、何と言っても全ての元凶ともいうべき母親のキャラクターと立ち振る舞いが大きな見どころだ。

「美しく明るい環境で起こる恐怖を表現したかった」と監督が語るとおり、一家が住む家の部屋は過度に明るくロマンチックな北欧スタイルで飾られており、そのインテリア全てを母親がデザインしたという設定になっている。

まさに母親が自己中心的に作り上げたキラキラした完璧な家族という虚像と一致する。

この不自然なほどに明るい世界と対照的な暗闇が存在するとすればそれは卵の中だろう。

そしてそれはティンヤが自分の中に押さえ込んだ感情の闇でもある。

卵から孵化したモノの動きにあえてほとんどCGが使用されてないのは、表面的とはいえ洗練された家族像や部屋のインテリアとは対照的な禍々しさや生々しさを表現する狙いがあったのかもしれない。

誰に感情移入するかでいろんな見方ができる映画だが、SNSの普及により誰もが簡単に「こう見られたい」という承認欲求を満たそうとすることができるようになった現代では、この映画の母親の行動は決して遠い異国の他人事には思えない。

子供の自己実現をサポートするどころか、自身の承認欲求の材料にしてしまうような、母親あるいは大人としての未熟さ。

自分の浮気の秘密を友達感覚で娘とすら共有してしまう安直さ。

娘の無垢な心が育んだ狂気はやがて家族を恐怖に突き落とすが、その狂気を垣間見て自分もハッとさせられる現代の大人たちは案外多いのでは?

その意味において、この映画は家族の在り方というものにある種の警鐘を鳴らすホラー作品だ。

卵が孵って手遅れになる前に、自分の家族を含む他人に対する接し方について改めて見つめ直してみてもいいかもしれない。

 

『ハッチング―孵化―』

■監督:ハンナ・ベルイホルム
■出演:シーリ・ソラリンナ ソフィア・ヘイッキラ ヤニ・ヴォラネン レイノ・ノルディン
■配給:ギャガ

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