そこは、ある日突然記憶喪失に陥ってしまう不思議な病が流行している世界。
かと言って人々は記憶を失うことに必死に抗うわけでもなく、社会全体もそれを理性的に受け止めているような世界。
救急車による医療機関への搬送や新しい記憶の定着を図る回復プログラムの実施は、そこでは誰もが見慣れた日常的な光景だ。
主人公の男もそんな病を患った大勢の中の1人。
彼はある日乗車していたバスの中で記憶を失い、回復プログラムに参加することになる。
プログラムの内容は少々風変わりだ。
日々送られてくるカセットテープに録音されたミッションをこなし、その結果をポラロイドカメラに収めること。
自転車に乗る、仮装パーティに参加する、ホラー映画を観る、車を運転して木に衝突する。
日常にありふれた行為からややイレギュラーな出来事まで、感情を表に出すこともなく淡々とタスクとしてこなしていく男だったが、失っていたはずの記憶の断片がある時を境に彼の脳裏を掠めていくことになる。
名前も明かされない主人公の男。
彼は一体どんな立場のどんな人間なのか。
仕事は何をしているのか。
家族はいるのか。
どんなものが好きで、どんなものが嫌いなのか。
喜怒哀楽を表に表さず、どこか機械的に回復プログラムに自身を埋没させているようにも見える男の様子を観察しながら、観ているこちらはいろんな想像をかき立てられる。
そして、この映画は、想像力だけでなく、共感力を試されかき立てられる作品でもある。
人は笑いながら怒ることもあれば、言葉に出さずに心が叫ぶことも、涙を流さずに心が泣くこともある。
物語が進む中で感じる小さな違和感がさざ波のように心の中でじわじわと広がっていくにつれ、主人公の表情や動作を映画の最初からもう一度見たい気持ちにさせられる。
彼がプログラムの一環として一つ一つの行動をポラロイド写真に収めたように、人間は誰しも自分が保有するいろんな過去の記憶のピースの集合体のようなものだ。
かけがえのない楽しい記憶を集めて反芻しながら生きるのも人間だし、嫌な記憶を手放して前に進もうとするのもまた人間だ。
ある意味で人生とはほぼ記憶とイコールかもしれない。
そんな記憶(≒人生)を失わせる奇病とそこからの回復が試みられている仮の世界を舞台にすることで、監督は人の記憶の功罪を鮮明に描いてみせる。
そして、ある男の行動と表情を通して、人が前を向いて生きることの哀しさと尊さに気付かせてくれる。
本作は、ギリシャのクリストス・ニク監督のデビュー作だが、あのケイト・ブランシェットも絶賛し、自ら製作総指揮に名乗りを上げたことでも話題になった。
その最大の魅力は、日常で起こるささやかな出来事の全てがかけがえのない人生のパーツであるという事実を改めて思い起こさせてくれる点だろう。
その静かで丁寧なドラマは心の奥に深く染み渡る。
林檎をかじる主人公を見ながら、人生の一瞬一瞬を後悔することなく大切に生きていきたいと感じる人はきっと多いはずだ。
©︎2020 Boo Productions and Lava Films