【レビュー】何かを応援することの熱狂は他のどんなことにも変え難い―『ドリーム・ホース』




パッとしない片田舎での日常。

自己実現とは程遠い家族関係や仕事環境。

そんな状況に何となく埋没していた人々に世界が変わって見えるような夢を与えたのは、一頭の競走馬だった。

きっと登場人物たちに共感して胸が熱くなるのを止められなくなるこの物語は、実話がベースになっている。

過去に制作されたドキュメンタリー映画『Dark Horse』(日本未公開)もサンダンス映画で観客賞を受賞しており、馬と人々の物語は海を超えて広く人々の心を掴んだ。

舞台はイギリス、ウェールズの谷あいにある小さな村。

平凡な毎日に満足のいかないジャンは、過去に飼育した動物で数々の賞に輝いた経験をいかして今度は競走馬の飼育をすることを思い立ち、無気力な夫を説得して牝馬の購入に踏み切る。

夫婦ではとても競走馬を育成する資金がないため、村人に呼びかけ馬主組合のメンバーを募ってみたが、集まったのは少しクセのあるキャラクターたち。

ただ、競走馬に夢を託して今ある日常を変えたいという想いだけは皆同じだった。

こうして産まれた子馬は「ドリームアライアンス(夢の同盟)」と名付けられ、村人たちの想いを乗せてレースを走り始める。

決して裕福ではない労働者階級の人々が一発逆転的に夢を実現しようとするイギリス映画と言えば『フルモンティ』『キンキーブーツ』『ブラス!』などが浮かぶが、本作も基本的にこれらに類する爽やかな感動作だ。

ただ、自分たち自身が頑張るという要素以上に、一頭の馬を育む・応援する・見守るという点がとても純粋に心を打つ。

これはスポーツで地元のチームを応援することにも似ている。

奇しくも昨年カタールで行われたサッカーW杯にて64年ぶりに出場を決めたウェールズが舞台の本作は、愛するチーム、選手やその他対象を心から応援したり心配したりすることの素晴らしさ・愛しさといったテーマを見事に描き切っている。

一度しかない人生、もちろん自分自身が頑張って、自分自身を応援しないことには何も始まらない。

ただ、自分ではない他者の活躍を時には狂おしいほどに願う心は何故これほどに多くの人々の心を動かすのだろう。

お金儲けではなく胸の高鳴り(ウェールズ語で言う「ホウィル」)。

村おこしとして育成された一頭の競走馬が一生懸命駆ける姿を見ていると、村人でもないのに立ち上がって声を上げそうになる自分がいた。

誰かの頑張る姿は理屈抜きに誰かを感動させる。

馬の本音が分からない以上、もちろん人間目線にはなるのだが、少なくとも映画を観終わった後に自分以外の誰かと繋がれたような温かい気持ちになれた。

 

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