【レビュー】人間の哀しい本質が人間たちを迷路に導いていく傑作ミステリー『悪なき殺人』




2019年の東京国際映画祭で上映されて観客賞と最優秀女優賞をW受賞した極上のミステリー作品が2年の時を経て一般公開されている。

フランスのとある村で吹雪の中失踪した女性、寂しく一人で暮らす農家の男、冷めた関係の夫婦、そしてフランスから遠く離れた異国で暮らす青年。

何かしらの秘密や後ろめたさを抱えた人間たちがボタンの掛け違い的にすれ違っていき、予想もつかない展開を見せていく。

なんと言っても見事なのは脚本だ。

登場人物たちが意図せずとも絶妙に関係していくストーリーには思わず唸ってしまう。

まるでミステリー小説を読んでいる時のような先の読めない楽しさを味わえるが、実際に本作には小説の原作が存在する。

原題も原作小説のタイトルと同じで『Seules les betes(Only the Animals)』

これを受けて東京国際映画祭では『動物だけが知っている』の邦題で上映された。

欲望にシンプルに行動する動物と違って、人間は立場や体裁を気にするし、どうしても自分の感情に見返りを求めてしまう。

本作で描かれるのは、そんな人間だからこそ見られる悲しくも滑稽な迷走。

登場人間たちの満たされない一方通行の想いが、否応なしに物語を次のステージに運んでいくという展開は何とも皮肉だが、映画全体として人間を突き放すような冷たさは感じない。

人間のどうしようもない性(さが)を、監督は優しい目で俯瞰しているようにも思えた。

劇中に黒魔術を操る人物が登場するが、その言葉の余韻が後を引く。

「愛とは、無いもの与えること。快楽とは、在るものを与えること」

見返りなく欲望に走る動物と、自らが愛されることを求めずにはいられない人間。

どちらが本当に欲深く罪深い存在なのかは分からない。

ただ、本作が数あるサスペンスの中でも大きな共感を勝ち得てるとしたら、それは物語が偶然の積み重ねだけに依拠したものではなく、人間の本質というものに最後まで寄り添っているからだろう。

本作を観て、愛を求めて空回りしてしまった自分の経験を思い出して苦笑いしてみるのも一興かもしれない。

 

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©Jean-Claude Lother