カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞した『わたしは、ダニエル・ブレイク』で監督業を引退したケン・ローチが、それを撤回し、生み出したのが『家族を想うとき』だ。
ケン・ローチのライフワークとも言える、故郷イギリスの労働者や貧困のリアルを描いた「私がやらなければ誰がやるんだ」という強い使命感に覆われた作品である。
妻アビーと息子と娘と暮らす父・リッキー。不況の煽りで借金を背負った身で、マイホーム購入を目標に、フランチャイズの宅配ドライバーとして独立する。
1分1秒が報酬に直結するため、トイレに行く時間もなく、ペットボトルで用を足す。
妻アビーも介護福祉の仕事で長時間の過酷な労働を強いられ、しかもリッキーの宅配業で使用するバンを購入する資金を得るために車を売らざるを得ず、バス通勤になったことで割かれる時間も増えてしまった。
家族で過ごす時間は大幅に減り、反抗期の息子の心は荒み、娘は不眠症と夜尿症を患う。家族を守るための仕事により、家族が次第に崩壊していく・・・。
便利で安いサービスの裏には大体誰かの苦しみが潜んでおり、「新自由主義経済」と聞こえはいいが、そこには何の保障もない冷徹なシステムが存在している。
リッキーが自分に非がないトラブルによって仕事を休んだとしても、罰金が容赦なく襲いかかる。イギリス、日本のみならず、世界中で広がる一方の格差。
ひとつがうまくいかないと、それがあらゆることに伝播して、八方ふさがりの状況が生まれるという現代の縮図。
宅配ドライバーをシステマティックに仕切るマロニーは、「俺はAmazonもAppleもZARAの宅配も欲しいんだ」とリッキーに言う。彼の主張も、現在の自由競争においては至極真っ当だ。
今作で描かれている状況は、決して悲劇ではなく、現実だ。そこが一番重い。
ケン・ローチはその現実を、一切の希望も与えずに、ただ突きつける。
唯一の希望を挙げるとしたら、今作が観賞者に深い爪痕を残し、それが具体的なアクションとなり、社会が変わっていくこと――それだけだ。
映画『家族を想うとき』
■監督:ケン・ローチ
■脚本:ポール・ラヴァティ
■出演:クリス・ヒッチェン、デビー・ハニーウッド、リス・ストーン、ケイティ・プロクター
■配給:ロングライド
photo: Joss Barratt, Sixteen Films 2019
© Sixteen SWMY Limited, Why Not Productions, Les Films du Fleuve, British Broadcasting Corporation, France 2 Cinéma and The British Film Institute 2019