穏やかな印象のメインタイトルを一瞬で皮肉と気付かせるほどに衝撃的なサブタイトル。
しかし、映画の内容の方はもっと衝撃的だ。
ロシア連邦内にあるチェチェン共和国。
原理主義的な古いロシアンマッチョイズムがはびこるこの国では、LGBTQへの理解が全く進んでいない。
彼ら彼女らは差別されるどころか、多くの人が不当に逮捕され、拷問を受けては虐殺されている。
政府当局だけでなく国自体にLGBTQを悪とする考えが行き渡っているため、一般人からもいきなり暴力を振るわれ、時には命すら奪われる。
本作は、普段は身の危険を感じて隠れるように暮らしているLGBTQ の人たちが、身に迫る現実的危険から逃れるため国外脱出に希望を託す一連の過程を、実に緊迫感たっぷりに映し出す。
命の危険にさらされたLGBTQの人たちを匿い、海外に移住させようとするのは、ロシアLGBTネットワーク、モスクワLGBT+イニシアティブコミュニティセンターの活動家グループだ。
カメラは、秘密裏に手早く動かねばならないグループの活動にに密着する。
他方で、LGBTQの人たちに対するインタビュー映像や入手した虐待の映像により、まさに世界が助けを必要としている人たちの存在や想いを白日の元に晒す。
チェチェン共和国の首長ラムザン・カディロフは英雄として個人崇拝の対象にもなっている事実上の独裁者だ。
彼は「チェチェンにゲイは存在しない」と笑いながら言い切り、自身の責任を誤魔化すどころか、完全に開き直っている。
一方、ロシアの大統領選のウラジミール・プーチンは被害の訴えを受けてもこれを問題にせず、事実上この問題を放置、黙認している。
それはカディロフがプーチン自身の支持者として非常に近い立場にあるからだ。
自身の性的指向が対外的に明らかになることが即座に命の危険に繋がる人たちを映し出すこのドキュメンタリー映画だが、個人が特定されないように驚きのデジタル技術が使用されている。
それは「フェイスダブル」(顔のデジタル合成処理)や「ヴォイスダブル」(声のデジタル合成処理)と言われる技術で、被害者たちは別の人の顔・声でインタビューに応じ、その悲痛な想いを打ち明ける。
この点に関する映画冒頭の説明を見逃してしまうと、この技術の使用に何ら気づかないまま映画を観終わるかもしれない、それほどに映像自体は全くもって自然であり、加工処理の跡はどこにも見ることができない。
この処理は、差し迫った現実的危険の大きさを改めて認識させてくれる一方で、そこからは最先端技術を使用してまで世界に訴えかけたい製作陣の強い想いが伝わってくる。
国際社会に目を向けてみると、くしくも数日前にロシアがウクライナに対し侵略を始めたばかりだ。
21世紀にもなって大国が隣国に侵略戦争をしかけることに衝撃を隠せないが、この映画がリアルに映し出すチェチェンという国の人権侵害の実態もまた紛れもなく21世紀の現在の話にほかならない。
身近にある環境だけを見て当然に思えることが、場所を変えれば少しも当然ではないというこの決定的な事象は、世界の広さを意味しているのか、未だ成長しきれない人類の愚かさを意味しているのか。
この映画を観終わった後、生きていく上でアンテナを広く広げて知識を得ることは想像力や他者への共感力に繋がるはずだ、という思いを改めて強くした。
全ては知ることから始まる。
他者を知ろうとしない国や人たちがこの世界に確かにいることを、少なくともこの映画を観ることで私たちは知ることができる。
MadeGood Films