【レビュー】スピルバーグ監督が世紀の傑作ミュージカルに新たな命を吹き込んだ―『ウエスト・サイド・ストーリー』




ミュージカル映画史上(端的に映画史上と言ってもいいかもしれない)燦然と輝く作品『ウエスト・サイド・ストーリー』。

ブロードウェイ・ミュージカルを原作とするこの映画が1961年に公開されると、その最高の音楽、圧倒的なダンスと胸を打つストーリーが絶賛され、アカデミー賞では10部門受賞の偉業を達成し、日本では511日のロングラン記録も樹立した。

そんな誰しもが一度は耳にしたことのある傑作が60年の時を経てリメイクされた。

監督を務めるのは、ご存じみんな大好きスティーブン・スピルバーグだ。

60年代を代表する伝説的映画と、70年代以降現在に至るまで一線で活躍し続けるハリウッドの生きる伝説による化学反応。

スピルバーグほどの巨匠でもさすがにプレッシャーを感じたかどうかは気になるところだが、その化学反応の結果については何も案じる必要はない。

蓋を開けてみれば、そこにあるのは自信に満ちた表現で観る者を新たに圧倒し熱狂させる、贅沢極まりない映像芸術だ。

知っている人も多いだろうその物語は、1950年代のニューヨークを舞台にヨーロッパ系移民とプエルトリコ系移民の両グループ間の激しい縄張り争いとこれに振り回される禁断の恋の行方を描いたものだ。

本作でも、オリジナル版に勝るとも劣らないレベルで、名曲の数々が披露され、数々のダイナミックなダンスシーンには目を奪われる。

カメラワークの素晴らしさも見どころの一つ。

ミュージカル映画の金字塔『サウンド・オブ・ミュージック』では、美しいオーストリアの丘の上の空撮から映画が始まるが、本作の冒頭で展開するカメラアングルとロングショットの魅力もオリジナル版に負けていない。

出だしから早くも観る者を映画の世界へ引き込み、これから始まる物語に対する期待感を否応なしに高めてくれる。

今回のキャスティングの魅力にも触れないわけにはいかない。

『ベイビー・ドライバー』で人気スターとなったアンゼル・エルゴートが表現する長身の主人公トニーの純粋さとひたむきさも心に残るが、なんと言っても彼に恋をするマリアを演じた新星レイチェル・セグラーの存在感と雰囲気が素晴らしい。

3万人のオーディションを勝ち抜いた彼女の美しい歌声やキュートな仕草は間違いなくこの映画の大きな魅力的の一つだ。

オリジナル版では、プエルトリコ系移民のグループ「シャークス」の関係者を含めてそのほとんどを白人俳優が演じており、このことを問題視する見向きは以前にも増して現在高まっている。

スピルバーグ監督は、このような問題意識に対応して、レイチェル・セグラーを含めラテンアメリカ系俳優を多く起用し、「スペイン語に敬意を払うため」という理由でスペイン語のセリフには英語字幕をあえて付けなかった。

これはまさに民族や人種の多様性を尊重してそこに形上も優劣を付けず、不当な分断に警鐘を鳴らすという今日の流れに沿った形だ。

オリジナルでは「シャークス」のリーダー、ベルナルドの恋人のアニータを演じていたリタ・モレノが、今回2つのグループ間の闘争を戒める老女バレンティーナという重要な役で唯一の再出演を果たしていることにも注目したい。

彼女は、エミー賞、グラミー賞、アカデミー賞、トニー賞の全てを受賞したショービズ界の最高峰“EGOT“(各賞の頭文字から名付けられた)16人の1人だが(他には例えばオードリー・ヘップバーンがいる)、彼女が過去に演じたアニータと彼女が演じるバレンティーナが連続して登場するシーンは深い味わいを与える。

アリアナ・デボーズによるアニータの熱演それ自体も見事というほかなく、実際彼女は先日この役でアカデミー賞助演女優賞にノミネートされたばかりだが、そのアニータを見つめるバレンティーナの眼差しや表情の中に、年月を重ねて立場を変えた大女優の想いすら込められているような印象を受けた。

スピルバーグ監督のキャスティングと演出はまさに天才的だと感嘆した瞬間だ。

いつの時代も民族・人種・文化の違いに基づく対立は大きな問題となり、人類はまるで何も学ばないかのように悲劇を繰り返す。

ただ、過去のどんな時代にも増して多様性の尊重や異文化間の分断の排除が声高に叫ばれている昨今、この世紀の傑作ミュージカルが著名な巨匠の手でリメイクされる意義は想像以上に大きい。

社会現象にもなったドラマ『愛の不時着』のヒットも記憶に新しいが、本作がモチーフにしたシェイクスピアの『ロミオとジュリエット』の普遍的な精神は、それを望む人がいる限りこれからも何度も何度も形こそ変えながらいつまでも継承されていくことだろう。

 

『ウエスト・サイド・ストーリー』あらすじ

夢や成功を求め、多くの移民たちが暮らすニューヨークのウエスト・サイド。
だが、貧困や差別に不満を募らせた若者たちは同胞の仲間と結束し、各チームの対立は激化していった。
ある日、プエルトリコ系移民で構成された“シャークス”のリーダーを兄に持つマリアは、
対立するヨーロッパ系移民“ジェッツ”の元リーダーのトニーと出会い、一瞬で惹かれあう。
この禁断の愛が、多くの人々の運命を変えていくことも知らずに…。

■監督:スティーブン・スピルバーグ
■脚本:トニー・クシュナー
出演:アンセル・エルゴート、レイチェル・ゼグラー、アリアナ・デボーズ、マイク・ファイスト 他
■配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン

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毘沙門天 華男
映画、旅、ボクシング、読書、絵を描くこと、サウナ、酒が趣味の福岡出身の多動性中年。このプロフィールを書いてる途中もドラクエウォークをしています。