30代半ばの研究者である青年アミンには、恋人の男性にも話さずに20年以上も心に抱え続けた秘密があった。
それはアフガニスタンで生まれ育った彼が経験した壮絶な過去だった。
幼少期の彼は、既に父をタリバンに連行されて失っており、やむなく家族とともにアフガニスタンから脱出を図る。
しかしほどなく彼だけ家族とも離れてしまい、ついには1人でデンマークへと亡命することになる。
この映画では、そんな彼の子供時代にまで遡った回想が綴られていき、彼の過酷な体験が次々と明かされる。
マイノリティへの迫害の真実をつまびらかにする意義深い映画はこれまでにも作られてきた。
例えばそれはアニメーションだったりもする。
タリバン政権下のアフガニスタンで過酷な日常を生きる少女と家族を描いた『ブレッドウィナー』(Netflixのタイトルは『生きのびるために』)は深い感動を与える名作だ。
ドキュメンタリー映画の数はもっと多いかもしれない。
ロシア連邦内にあるチェチェン共和国でのLGBTQへの差別に鋭く迫った『チェチェンへようこそーゲイの粛清ー』では、被害者の身の安全を守るために顔と声にデジタル合成処理技術が使用された。
この2つの映画に言及したのには理由がある。
本作では、主人公アミンの体験を深く広く伝えるために、また一方で彼の心の傷に留意して匿名性を維持するためにも、登場人物たちは全てアニで描かれつつ、アミンへのインタビューシーンでは彼自身の声が使用されているからだ。
まさにアニメーションとドキュメンタリーの融合。
その新たなアプローチには、アミンの自身の過去を知ってもらってこれを精算したいという悲痛な想いと、彼の高校時代からの親友でもある監督の強い制作意欲が宿っている。
タイトルの「FLEE フリー」とは、災害その他の危険や追跡者などから安全な場所へ逃げることを意味する。
アミンは冒頭のインタビューで自分にとっての故郷を尋ねられ、「それは、どこか安全な地。ほこに、いることができて、よそに行かずに済む所。一時的ではなない場所。」と答えるが、観客は90分後に深い感動とともにこの言葉の本当の重みを知ることになるだろう。
アニメーションの力や可能性は無限だと思える作品だ。
迫害体験の事実やこれが今のアミンにどのように影響しているかを、好奇の目に不当に晒すことなく伝えることに成功している。
もっとも、インタビューシーンだけでなく、幼少期を再現したアニメーションが映画に与えた効果も大きなものがある。
故郷を追われながら自信がゲイであることもひた隠しにして生きてきた幼少期、思春期の彼の葛藤、喜び、ノスタルジー。
再現アニメーションは、まさにそれらのあらゆる想いを丁寧にすくって鮮やかに表現してみせる。
日本で平穏に暮らす自分たちには思いもよらないような、故郷を追われるという体験。
初めて「知る」ことの価値はとてつもなく大きい。次に「想像する」ことの余地が生まれてくるからだ。
この映画は、それに加えて、驚くべき手法により「感じる」ことも可能にしているのだから、もはや賞賛しかない。
© Final Cut for Real ApS, Sun Creature Studio, Vivement Lundi!, Mostfilm, Mer Film ARTE France, Copenhagen Film Fund, Ryot Films, Vice Studios, VPRO 2021 All rights reserved