【レビュー】愛する人の声を聞き、愛する人に声を届ける―感動のコメディドラマ『コーダ あいのうた』




笑って胸を熱くして大泣きして、、と観る人の心を忙しくさせる映画が満を持しての公開だ。

それでいて爽やかな余韻を与えてくれるこの作品、本当に心から拍手を送りたくなる。

Children of Deaf Adultsの頭文字をとってCODA(コーダ)。

日本ではあまり知られていない言葉だが、「聴覚障害者の両親のもとで育った聴こえる子ども」を意味する。

本作はそんなコーダの女子高生ルビーが主人公の物語。

フランス映画『エール!』のハリウッド版リメイクなのだが、単なる焼き増しではない。

脚本の段階から独立した「手話監督」が参加して、実際のろう者のリアルな振る舞いや表現・演出が追求された。

監督は企画段階で大手の映画会社から主人公の家族3人に聴者スターをキャスティングするよう要請されたが、絶対にろう者が演じるべきだと主張してこれを拒絶。

結果として違う映画会社からインディペンデント映画として制作されている。

そんなオリジナルにはなかった新しい制作のこだわりは、本作を見事なまでに隙のない傑作に押し上げた言っていいだろう。

既にサンダンス映画祭では史上最多の4冠に輝き、現在アカデミー賞最有力候補とも言われているのだから。

耳の聞こえない家族の中で、ただひとり耳が聞こえる存在として、家族の“通訳”を務めてきた少女ルビー。

家業の漁業と学校生活をこれまで何とか両立させてきた彼女だが、歌うことが大好きで入部した合唱クラブの顧問の先生に歌の才能を見出され、家から離れた音楽大学への進学を勧められる。

好きなことを追求したいという彼女の想いは強まるが、危機に陥った家業を支えるために両親のもとに留まるべきか、その心は大きく揺れ動く。

感動作『リトル・ダンサー』のように、無理解な家族との衝突、相互理解、親離れ・子離れといった要素を多分に含みつつも、決定的に違うのは家族がルビーの歌声を聴くことができないという点だ。

家業のためにルビーを必要としている現実は置くとしても、家族はルビーの歌の才能を判別できないため、彼女が選ぼうとする進路にも確信が持てない。

この決定的な壁を映画が越えてくる時、この世界で自分が耳を傾けているはずの愛する人の声について思いを馳せる人もいるだろう。

聞こえているはずの声を自分は本当にきちんと聞いているのか、と。

聞こえないはずの声が、その心の声とともに本当に聞こえることすらあるのだから。

ろう者のディスアドバンテージを日常的に悲観するでもなく、豪快で明るい家族の面々が皆愛おしい。

父親、母親、兄、耳が聴こえない共通点はあるが、皆それぞれキャラクターが異なり、誰一人欠けても物語は前に進まないと思わせるほどに、まさにチームワークとしての家族像には思わず胸が熱くなる。

最後に一つ。

映画の前半でルビーは好きな歌を歌う時の気持ちを尋ねられるが、その答えに注目してほしい。

ここでの仕草は、後半にある大きな見せ場とは違って彼女が全く意図せずに自然に行うものだ。

この映画は、音が聞こえない人が愛する者の声を聞こうとする感動の物語というだけではない。

愛する人に自分の声を伝える物語でもあるのだ。

その意味で、愛する家族と知らず知らずのうちに強く結びついていた歴史がふと垣間見えるシーンと、これからも結びつこうとする力強いシーンには、それぞれ別の意味で強く心を打たれた。

ずっと聴いていたいほどのルビーの美声で歌われる名曲の数々。

その素晴らしい歌詞も物語の内容とリンクしつつ描かれる、一方通行ではない双方通行の家族愛の賛歌。

誰かと深く繋がることの感動と幸福を知っている人、知りたい人、その全てに自信を持ってオススメしたい爽やかな感動作だ。

 

『コーダ あいのうた』

■監督・脚本:シアン・ヘダー
■出演:エミリア・ジョーンズ、フェルディア・ウォルシュ=ピーロ、マーリー・マトリン
■配給:ギャガ GAGA★

© 2020 VENDOME PICTURES LLC, PATHE FILMS

author avatar
毘沙門天 華男
映画、旅、ボクシング、読書、絵を描くこと、サウナ、酒が趣味の福岡出身の多動性中年。このプロフィールを書いてる途中もドラクエウォークをしています。