【レビュー】悲哀を胸に自由を生きる現代の流浪の民たち―『ノマドランド』




「ノマド」

最近日本でもよく耳にする言葉だが「時間と場所にとらわれずに働くワークスタイル」といった意味で使われる場面が多いようだ。

もっともこれは近年派生的に使われるようになった意味合いであり、本来の英語「nomad」は「遊牧民」や「放浪者」を意味する言葉だ。

この映画はまさにそんな現代の遊牧民に焦点を当てた作品だ。

2度のオスカーに輝く名女優フランシス・マクドーマンドが60代の女性主人公を演じる。

彼女は愛する夫を失い、リーマンショックによる企業倒産により長年暮らしてきた家さえも手放すことになる。

そして彼女はキャンピングカーで車上生活をしながら季節労働に従事する人生を選択する。

ドキュメンタリーと見紛うほどのリアリティに幾度となくフィクションであることを忘れてしまう。

それは彼女が出会うノマドの生活を送る人々を実際の車上生活者たちが演じていることに大きく起因するだろう。

彼ら彼女らが主人公に語る想い、経験、人生観は嘘偽りのない純粋なもので、朝や夕暮れや夜更けの美しい景色とともに観る者の心に染み渡る。

加えて、そんな美しい野外の景色の中に本物の放浪者たちに囲まれて、主人公扮するマクドーマンドの存在が全く浮いていないことに驚く。

この映画を確実に美しく尊くしているのは最高のキャスティングだけでなく、それをダメにするどころかそこに溶け込んでしまう主演女優マクドーマンドの適応力だろう。

ヴェネチア映画祭金獅子賞をはじめに数々の国際映画祭で作品賞、監督賞、主演女優賞に輝いている本作。

アカデミー賞の前哨戦とも言われるゴールデングローブ賞でも2冠を獲得してその評価の勢いはとどまる気配がない。

もちろんアメリカで厳しい生活を強いられた人々の現実を伝える側面も大きいだろう。

だだ日本でも巷で「風の時代」などとも囁かれ、体験、共有、流動、個人、仲間などの要素が見直されるようになった今日、人生の真の意義や目的を見つめ直すうえで、本物のノマドの生き方に触れることのできる映像体験はとても貴重かもしれない。

 

『ノマドランド』

■監督・脚本:クロエ・ジャオ
■出演:フランシス・マクドーマンド、デヴィッド・ストラザーン、リンダ・メイ ほか
■配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン

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毘沙門天 華男
映画、旅、ボクシング、読書、絵を描くこと、サウナ、酒が趣味の福岡出身の多動性中年。このプロフィールを書いてる途中もドラクエウォークをしています。