長く続くコロナ禍に起因して未だに飲食店での飲酒が規制されている地域も少なくない今日、北欧デンマークから届いたのは心の琴線に響く至極の「アルコール映画」だ。
大の大人たちが大真面目に行う❝ある1つの実験❞がもたらす喜びと哀しみは、まさに愛おしい人生そのものの縮図のようであり、本作は第93回アカデミー賞国際長編映画賞をはじめ世界中で数々の映画賞を受賞している。
主人公は互いに仲の良い中年の4人の高校教師。それぞれが何かの問題を抱えながらもそのキャラクターはどこか少年の面影を残していて憎めない。
仕事や家庭でくすぶっている彼らは、何と「血中アルコール濃度を一定の度合い保つと仕事の効率が良くなりプライベートもうまくいく」というある哲学者の理論を本気で証明することを決め、大胆にも少しだけ飲酒してから高校での授業に臨むという、常識外の行動に出る。
彼らが自らの体内に保とうとする血中アルコール濃度は0.05%。
この微量のアルコールの摂取により、それまで活気のなかった授業は盛り上がりを見せ、ある者は長らく離れていた妻との心の距離も縮まるかに見えたのだったが…
アルコールも1つのドラッグである以上、それがひと時の刺激や楽しさを与えてくれる反面、後にちらに一定のツケを払わせることは周知の事実だ。
いい年した大人がそんなアルコールの罠にハマるという展開自体は何も珍しくないのだが、この映画は、それでも飲酒して心を開放したい人の想いや、ときに飲酒に逃げざるを得ない人の心の弱さに、優しい眼差しを投げかかる。
彼らは教師として高校生を卒業させ社会に送り出す立場にありながら、彼ら自身がアルコールの力を借りて再出発しようともがいている。
この無責任さと滑稽さは、同時に、人は何歳になってもどんな立場に立っても愚かで弱く、それでいて自らの人生の充実を切望しているという真実に気付かせてもくれる。
「酒が人間をダメにするんじゃない。 人間はもともとダメだということを教えてくれるものだ。」とは故立川談志の名言だが、この映画が中年の大人たちの迷走ぶりを通して気付かせてくれるのも、そんな人間のダメで愛おしい弱さや人生の喜怒哀楽そのものの素晴らしさだ。
主演をはるのは、今では引く手あまたの人気俳優マッツ・ミケルセン。
彼が普段から漂わせる切なさのにじむ表情は、この映画が伝えるほろ苦い人間賛歌に見事にマッチしていて、彼が感情を爆発させて踊り出す場面では、一緒に乾杯して踊りたいような気持ちにさせられた。
一つ付言すると、トマス・ヴィンターベア監督は、不幸にも本作のアイデアを出した愛娘を撮影直前に交通事故で亡くしており、映画の製作自体も一時は危ぶまれたという。
この映画の展開やラストシーンを、監督がスタッフやキャストとともに大きな悲しみを乗り越えて作り上げたものとして見ると、その感慨深さはより一層大きなものとなるはずだ。
失言、過去の汚点、ネットの炎上、、、現代の社会がどんどん不寛容に向かって潔癖の様相を見せていく中、もともと不完全な存在である人間の愛しさを少しの「アルコール」が教えてくれる映画があってもいいかもしれない。
『アナザーラウンド』
■出演:マッツ・ミケルセン、トマス・ボー・ラーセン、マグナス・ミラン、ラース・ランゼ
■監督:トマス・ヴィンターベア
■配給:クロックワークス
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