【レビュー】一人の老婆の帰宅が招く家族の不協和音―『クリシャ』




驚異のプレイリスト・ムービー『WAVES/ウェイブス』の公開が話題を呼んでいるトレイ・エドワード・シュルツ監督による長編デビュー作。

とある女性の不安定な精神状態とその崩壊を描いた本作は、まさにポスターや予告映像のロールシャッハテスト(精神障害を判定する性格テスト)のインクのシミのような絵に象徴される物語。

舞台は感謝祭のお祝いで親族一同が集まった一軒家。

そこに訳あって長期間不在にしていた老女クリシャが戻ってくる。

久しぶりの再会を姉妹その他の親族に歓迎され、家族の輪に溶け込もうと努めるクリシャ。

しかし、どこか距離感の埋まらないギクシャクした雰囲気が続き、ついに一部の人間の些細な態度や不用意な発言が張り詰めていたクリシャの精神状態に小さな波を立て、波は次第に大きく広がり場の雰囲気を一変させる。

訳ありの過去と決別して面目躍如、と言わんばかりに七面鳥の調理に自分を集中させるクリシャ。

周囲には取り繕った笑みを浮かべるその姿はどこか余裕がなくて痛々しい。

クリシャのモデルは2人の実在した人物で、それは親族と折り合いの悪かったシュルツ監督の叔母と、薬物・アルコール依存症だった父親らしい。

そんな主人公クリシャをシュルツ監督の別の実の叔母、その名もクリシャさんが演じ、監督自身も息子トレイ役で出演。

何と言っても、過去に女優をしていたが現在の本業は精神科医という主演女優クリシャさんの熱演に目を見張る。

精神科医だからこそ演じることができたのか、その不安な眼差しや疲れた表情にクリシャのギリギリの精神状態が実に生々しく表れる。

予兆から緊張、衰弱を経て暴発。

何の変哲もないリアルな親族の会話劇を通して、じわじわと、しかし確実に変化していく場の雰囲気を、ダレることなく見事なリズムの1つの流れの中で見せていくシュルツ監督の素晴らしい個性・作家性。

これには監督特有のぐるぐる回る見事なカメラワークや不穏な空気感を加速させる魅力的な音楽も大きく寄与しているように思う。

日本で言えば、こういう親戚、確かに法事の集まりとかに1人はいたいた!みたいな感覚で見るのも面白いかもしれない。

もちろん実際いたらかなり大変!

 

『クリシャ』

■製作・監督・脚本・出演:トレイ・エドワード・シュルツ
■製作:ジャスティン・R・チャン、ウィルソン・スミス、チェイス・ジョリエット
■製作総指揮:ジョナサン・R・チャン、JP・カステル
■出演:クリシャ・フェアチャイルド、ロビン・フェアチャイルド、ビル・ワイズ 他