【レビュー】あの世から鳴り響く電話を頼りにこの世の地獄から脱出せよ―『ブラック・フォン』




猛暑続きの今の時期にぴったりの背筋が寒くなるようなスリラーが公開中だ。

最恐エクソシスト作品『エミリー・ローズ』スコット・デリクソン監督と、話題のホラー作品を次々と輩出しているブラムハウス・プロダクションが手を組んだと聞けば、自然と期待も高まってくるというもの。

しかも、本作で多くの子供たちを地下室に監禁しては殺してきた殺人鬼グラバーに扮するのは、名優イーサン・ホーク

禍々しいマスクを絶えず装着したまま、自身の屈折した欲望を容赦なく主人公の少年フィニーに向けてくる。

一方、本作ではそんな大人の殺人鬼に有効に立ち向かう強く賢い善意ある大人たちの存在は描かれない

もっぱら彼に抵抗するのは地下室に監禁されたフィニー自身と、予知夢を見る特殊能力を使って行方不明になった兄を必死に探そうとする妹のグウェンだ。

もっと言えば、グラバーに殺されもはやこの世にはいない子供たちも彼に対抗し得る存在として描かれる。

彼らとフィニーを繋げるのが、タイトルにもなっているとおり、地下室内で鳴り響くあの世からの声を伝える「断線した黒電話」だ。

気弱な少年が勇気と決断力を持ち始め、妹の特殊能力にも磨きがかかる。

そんな子供たちが圧倒的な悪に挑むというプロットそれ自体に着目すると、大ヒットドラマ『ストレンジャー・シングス 未知の世界』をどこか彷彿させる。

もっとも、あっちは80年代が舞台だが、こっちは70年代だ。

劇中においては、いじめや連続殺人鬼への恐怖に怯えたアメリカの70年代の雰囲気が見事に再現され、妙に観る者の恐怖心が煽られる。

他方で、死んだ子供たちの声が黒電話を通してフィニーだけに聞こえるという設定は、名作スリラー『シックス・センス』に一部共通する。

だが本作にはブルース・ウィリスのように少年に共感してくれる大人は出てこない。

前述したように、フィニーが頼れるのは基本的には自身の勇気と行動力のみであり、それを除けば、既に殺された子供たちの声と妹グウェンの特殊な力だけなのだ。

本作がデビュー作となったフィニー役のメイソン・テムズは、内向的な少年による自己変革を印象深く演じ切った。

彼に負けない存在感を示すのが妹グウェンを演じたマデリーン・マックグロウだ。

自らは監禁されて被害者ではないものの、兄に対する強い想いを一貫して持ち続け、自分を信じて真実に迫っていくその健気な姿。

彼女の存在は大きく、恐怖とは別の予想外の感動すらたぐり寄せていく。

ジョー・ヒル(スティーヴン・キングの息子)の原作「黒電話」はわずか20ページほどの短編小説らしい。

これを内容的に大きく膨らませてラストにしっかりと収束させていった製作陣の手腕は素晴らしいとしか言いようがない。

配信やDVD化を待って真っ暗の地下室で観ることのできる環境があるのならともかく、そうでないのなら、映画館内に自ら監禁されてスクリーンから鳴り響く黒電話の音を聴くことを強くオススメしたい。

 

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