【レビュー】音楽・ファッション×ホラーで魅せる60年代ロンドンの光と影―『ラストナイト・イン・ソーホー』




イギリスが世界に誇る鬼才、エドガー・ライト監督

『ショーン・オブ・ザ・デッド』『ホットファズ-俺たちスーパーポリスメン!-』とコメディ要素の強い人気作を送り出してきたライト監督だが、『ベイビー・ドライバー』で80年代音楽とカーアクションをミュージカル的に融合させて絶賛されたことも記憶に新しい。

そんな監督の最新作は、60年代ロンドンの魅力を濃密に詰め込んだ異色のタイムリープ系ホラー。

ホラーという新境地でも監督のこだわりはさらに加速を重ねており、劇中使用曲からキャスティングまで、掘り下げれば堀り下げるほどに重層的な魅力が溢れ出す贅沢な1本となっている。

本作でもミュージカル的融合が試みられているが、今回融合されるのはスウィンギング・ロンドン(60年代におけるロンドンのストリートカルチャー)とサイコホラーだ。

ペトゥラ・クラークの「恋のダウンタウン」をはじめピーター&ゴードン、ザ・キングス、ザ・フーなどの名曲、白いPVC素材のコートやロングブーツ、ミニドレスなどのファッションは、映画に彩りと雰囲気を与え、観客に古き良き60年代のロンドンへの贅沢なタイムトリップを提供する。

他方で、当時のロンドンの華やかさだけでなく犯罪、治安、風俗という負の一面にも焦点が当てられ、ジャッロ(イタリア製ホラー・サスペンス)映画やダリオ・アルジェント、ブライアン・デパルマらの監督作品へのオマージュとも相まって、妖しくも深い陰影が映画を次第に覆っていく。

これらの2つの要素が巧みに融合されるのは、主人公エロイーズによる体験の描写を通してだ。

あらゆるカルチャーが隆盛を極めた60年代ロンドンには、眩い光の側面だけでなく確実に暗い影の側面もあった。

古き良き時代に憧れる主人公エロイーズは、自身の夢の中で60年代に生きるサンディの立場に立つことで、そんな光と影の両側面を追体験することになるが、これは観客による追体験でもある。

図らずとも60年代の素敵なロンドンに迷い込んでしまうというワクワクするような体験に少しづつ暗雲が立ち込めていくその過程。

それは効果的なカメラワークとリズミカルな音楽に合わせてテンポ良く進んでいき、観客の目と耳と心までも虜にするはずだ。

そしてライト監督が巧妙に仕掛けた魔法から逃れることができないままに、驚きの結末へと一気に押し流されることだろう。

エドガー・ライト作品の面白さは一筋縄ではいかない。

本作はその面白さがジャンルを問わないことまでも証明してみせた。

 

『ラストナイト・イン・ソーホー』

■監督:エドガー・ライト
■脚本:エドガー・ライト、クリスティ・ウィルソン=ケアンズ
■製作:ティム・ヴィーヴァン、ニラ・パーク
■出演:トーマシン・マッケンジー、アニャ・テイラー=ジョイ、マット・スミス、テレンス・スタンプ ほか

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