【レビュー】生きながらアート作品となることを選んだ男の数奇な運命―『皮膚を売った男』




ひとりの恋するシリア人青年が自由を求めて自らの身体の一部をアート作品として売り渡す。

そんな驚くような内容の映画が公開される。

昨年の東京国際映画祭で話題を呼び、今年のアカデミー賞国際長編映画賞にもチュニジア代表として出品された作品だ。

主人公のサムは内戦下のシリアでの不当な拘束から何とかレバノンに逃れるも、難民の立場ゆえに自由に出国もできない。

一方、サムと連絡が取れなくなった恋人のアビールは、家族に裕福な外交官と結婚させられ、ベルギーのブリュッセルへ移住していた。

アビールへの想いを捨てきれないサムは、ふとしたきっかけで知り合った現代アートの巨匠に提案されるままに、何と自らの背中をタトゥーのアート作品として差し出す代わりに大金と自由を手に入れる一大決心をする。

こうして生きながら海外の美術館に展覧される身となったサムが手にする未来とは…

カウテール・ベン・ハニア監督は、ベルギーの現代アーティストのヴィム・デルボアが実際に人の背中を利用して製作したアート作品『Tim』に着想を得で本作を制作したというが、それでも脚本は完全なオリジナルだ。

観客は奇想天外な設定に慣れてきたと感じ始めたところで、決して一箇所にとどまらずに展開する物語に驚き、戸惑い、やがて心を打たれるはずだ。

不自由なシリア人難民と、自由を謳歌する富裕層のアーティスト。

本来決して交わらないはずの異なる世界がアートの形を借りて交わってしまうことで起きる悲喜劇。
ハニア監督は、このふたつの世界が対比されることで“自由”について考えさせられることを意図したという。

こんな物語を撮ることのできる監督の心こそ真の自由に溢れているのではないか。

そう思ってしまうほどに、物語はつかみどころがなく、大胆かつ自由で先が全く読めない。

終着点も分からない迷路のような展開の中で、突然視界がサッと開けたように物語全体をロマンスが覆う。

とにかく他に類を見ないような独創性と巧妙なストーリーテリングだ。

もちろん壮絶な内戦に苦しむ人たちとは比べ物にならないだろうが、日本でもこのコロナ禍で多くの人々があらゆる形で自由を奪われている。

政治と皮肉と風刺、そして自由とロマンス。

ハニア監督は、あらゆる要素にしっかり視線を配りながら、それらを巧みに完全に操って唯一無二の物語を作り上げた。

映画館でそんな物語に身を任せ、真の自由を探す旅に出てみるのはどうだろう。

 

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