『カメラを止めるな!』で気鋭の才能を見せつけた上田慎一郎監督、注目の最新作『ポプラン』が現在全国公開中だ。ある日突然、男性の“アレ”が家出をしてしまうという異色すぎるテーマながら、本作の芯は主人公の心の成長を描いた大人のヒューマンドラマ。奇抜な発想で生まれたオリジナル脚本が描く物語は、常に新たな挑戦を続ける上田監督の10年の思いが結実した自分探しのロードムービーでもある。その<挑戦>について上田監督は、自身のテーマでもあると言う。本人に話を聞いた。
―公式サイトの「自分を見失う時期もありました。今なら、あの話を映画に出来るかもしれない。そんな感触を掴み、映画は動き出しました」というコメントを拝読しましたが、それはいつ頃のことなのでしょうか?
実は『カメラを止めるな!』の成功以降、たくさんのオファーをいただいて。いろいろな企画を進めていくなかで、「自分は、本当はどうしたいんだっけ!?」と、わけがわからなくなることがあったんですよ。
―すると本作のアイデアは20代の10年前の着想だけれども、まさに今撮るべき題材になってきたという?
そうですね。結果的には私小説的な色合いも濃くなりました。今の自分の葛藤が染みこんでいると思います。
というのも、今までの『カメラを止めるな!』(17)、『スペシャルアクターズ』(19)、3人で共同監督をした『イソップの思うツボ』(19)、全部の作品に“田上”というキャラクターが出てくるんですけど…。
―それは知らなかったです! “田上”は今回の『ポプラン』の主人公です。
『カメラを止めるな!』ではエンドクレジットに「ONE CUT OF THE DEAD」を書いた人を田上という人にして、『スペシャルアクターズ』ではシナリオ担当が田上なんです。『イソップの思うツボ』には田上(たのうえ)というおじさんが出てくる。今回、田上という自分の名前を逆さにしている人を“主役”にしているということは、たぶん私小説的な色合いを濃くしていることを表していると思いますね。
―ご自分の作品なのに「たぶん」と距離を置いて見ているんですね。
そうですね。作る前にテーマやメッセージを決めきらないようにしているんです。「田上は僕だ!」と思って脚本を書いていたらドヤ感が出てきてしまうと思いますし。テーマやメッセージは書いてるうちに滲みでてくると思っているので。それを発見したら、それを輪郭づけていく。そういう感じで書いています。でも今回は、主人公を田上にしている時点で「たぶん」かなり重ねていたのだろうなと思いますね。映画の冒頭で若い作り手に一言メッセージとか、あれは僕自身もよく言われますし(笑)。
―仮に自分のことに向き合った物語だとして、主人公の辿る結末を踏まえ何か思うことはありますか?
僕は昔から「売れたい!」で、映画を撮っていたことはなかったと思うんです。やっぱり僕はモノ作りをしている時が一番楽しいんだなと。「本当に楽しそうに現場にいますね」ともよく言われます。この仕事が向いているんだと思います。映画を撮っていること自体が最大のご褒美で、それが仕事として成り立っているという感じです。
誰かと一緒にモノ作りをすること自体がモチベーションですし、何かに挑戦することが一番の原動力ですかね。反対に挑戦がないとものが作れないというのはあります。
―やったことがないことをやるのは怖くないですか?
『カメラを止めるな!』では37分ワンカットに挑み、『イソップの思うツボ』では3人共同監督に挑みました。『スペシャルアクターズ』ではキャスティング先行でゼロから物語を作りました。最初の緊急事態宣言下の『カメラを止めるな!リモート大作戦!』(20)では、誰とも会わずに撮るという無理難題に挑みました。無理難題がないと作れないタチなんですよね。無理難題に「やばいなー」とか言いながら一歩踏み込む瞬間が、一番生きている感じがするんです。
だから、不安がないほうが不安なんですよ。何の不安もない映画を作ることほどの不安はないというか。つまり、順調なキャリアを重ねることに、モチベーションがあるタイプではないんだと思います。
―凡人の発想だと、波風立てずに納期に無難に納品したいと思うことが普通のような気がしますが、あえて挑戦していくスタイルなんですね。
しんどい生き方だとは思います(笑)。だから食事とか服に頓着しないのは、そこに使うエネルギーが残ってないんですよ。食事も毎回チェーン店で済ませますし、同じメニューしか頼まないし、いつも同じ服を着ています。生活で冒険をする力が残っていないんですよ。これは学生時代からなので、変わらないと思いますね(笑)。
でもチャレンジし続けている人は世の中にたくさんいますし、現状維持ぐらいで考えていると現状維持できないですからね。チャレンジし続けないとダメなんだって思ってます。
―今年挑戦したいことは?
目の前のことを全力でやるだけです。『カメラを止めるな!』の前くらいから刹那的に生きていて、そう生きるようになってから、物事が上手くいってるような気がします。30代まではストイックに生きていて、理想どおりの人生にならないと、予定をすぐ書き直していました。そのことに時間ばかりかけて終わっていたんです。問題は体力の低下ですね。これはクリエイティブのパフォーマンスに影響が出るので、今年は健康に気をつけたい、ですかね(笑)。
配給:エイベックス・ピクチャーズ
上映時間:96分
(C) 映画「ポプラン」製作委員会