誰もが知る高級ブランド「GUCCI」。
同ブランドの現在の経営に創業者一族が少しでも関与していたとしたら、こんな映画は作れなかったかもしれない。
それほどに本作は、グッチ家一族内で起こった裏切り、犯罪、恥辱の部分に大胆に切り込み、その全てを完全なエンターテイメントに昇華している。
それはもはや伝統的かつ優れた技術力と新しいセンスを癒合させたGUCCIブランドのアイテムそのもののようだ。
もしくは、個性の強いキャラクターが次々と入退場を繰り返す本作は、ゴージャスなGUCCIのファッションショーに喩えてもいいかもしれない。
これ以上考えられないほど贅沢なモデル(キャスト)を使用して繰り広げられる、ファッション界版『ゴッドファーザー』ともいうべき一族の愛憎劇(ショー)。
そんなショーをデザインしたのは今や84歳の高齢を迎えた巨匠リドリー・スコット。
映画においてはファッションショーのラストのように生身の本人こそ登場しないものの、エンドクレジットで表示される監督の名前には惜しみない拍手を送りたい気持ちにかられる。
この傑作が誕生する契機は、今から20年前に映画と同名の原作小説を本作のプロデューサーである監督の妻、ジャンニーナ・スコットが読んだ時点にまで時を遡る。
小説に描かれたグッチ一族の争いの歴史の虜になった彼女は、監督である夫とともに権利取得に動き、長い時を経て映画化が実現した。
著名な映画監督の夫婦が本作を製作したという事実は、本作のストーリーとの関係でも少し興味深いものがある。
というのも、グッチ一族の内紛を描く本作は、主にグッチ創業者の孫にあたるマウリツィオ(アダム・ドライバー)と彼と結婚するパトリツィア(レディー・ガガ)の夫婦の関係性を軸に物語が展開するからだ。
劇中で指摘されるように「グッチ家と結婚した」とも言える美女パトリツィア。
レディー・ガガは彼女の積極的で野心家というキャラクターを全く途切れることのない熱量で演じ切った。
実際、レディー・ガガはこの役に関して驚くほどのリサーチを行い、高い創造力をもって全身全霊でアプローチしており、監督、共演者の皆からも高い賞賛を受けたという。
彼女がこの映画に対して注いだ熱意は、そのまま劇中でパトリツィアが「GUCCI」や夫に注いだ野心ないし愛情となって、最初から最後まで観客の心を圧倒するだろう。
史実として知られるとおり、夫からの愛情を失ったパトリツィアは夫の暗殺を企てることになるのだが、レディー・ガガはこの「GUCCI」の支配欲と夫への愛情を併せ持つ複雑なキャラクターを実に見事に体現しており、その魅力を味わうだけでも本作を観る価値は十分にあるだろう。
周囲を魅了する知的な美しさを持ちながらも、欲望と激情から超えてはならない一線を超えてしまうパトリツィア。
女こそ、そもそもは一族の外の人間とはいえ、「GUCCI」ブランドの魅力とグッチ一族の衰退を最も象徴する存在のようにも思えてくる。
他の共演者のキャスティングも豪華だ。
中でも注目したいのは、マウリツィオの叔父として一族で大きなカリスマ性と狡猾さを発揮して一時代を築いたアルド・グッチを堂々と演じたアル・パチーノと、その才能のない息子パオロを毎日6時間を要する驚異の特殊メイクで演じ抜いたジャレット・レトだろう。
名作『ゴッドファーザー』では、ファミリーの強大な権力を図らずも自らの手中に収めていくことになる一族の若者を演じたアル・パチーノだが、今回はマフィアからファッションに世界を移して、権力を次第に失っていく一族の高齢の中心人物を演じる。
そんな父からも呆れられた息子パオロには、その道化ぶりの合間に時折哀愁が垣間見える。
この哀愁こそ名声を集め一見華やかなグッチ一族の浅はかで欲にまみれた内情についての風刺のようでもあり、パオロ役に対してジャレット・レトやスコット監督が確固たる想いを寄せている気がしてならなかった。
上映時間は約2時間40分と長い。
この長さは贅沢な時間をそれだけ長く味わえるという意味でしかない。
一説では、宝くじに当選した人間のほとんどがその後の人生を狂わせるという。
「GUCCI」の名声がいかに当事者たちの人生をじわじわを狂わせていったかを描いた極上のショー。
そんなショーを、自身に無害な形で、しかもGUCCIのブランド品より遥かに安い価格で、映画館目撃できることの幸せさに言及したとしたら、何となくちょっぴり不謹慎だろうか。
『ハウス・オブ・グッチ』
■監督:リドリー・スコット
■脚本:ベッキー・ジョンストン、ロベルト・ベンティベーニャ
■出演:レディー・ガガ、アダム・ドライバー、アル・パチーノ、ジャレッド・レト、ジェレミー・アイアンズ、サルマ・ハエック ほか
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