【レビュー】もし、地上600メートルの鉄塔の上に置き去りにされたとしたら?—『FALL/フォール』




戦争、暴力といった人為や猛獣などを除いて、自然界に存在する最も怖いものとは何だろう。

海も台風も洪水も、雪崩も火山の噴火も確かに恐怖だ。

しかし、日常にもっと当たり前のように存在しているため、ともすればその本当の怖さを忘れてしまいそうになるものがある。

それは「重力」だ。

重力は、特定のシチュエーションだけで突如として牙をむき、人を恐怖の奈落へ文字どおり突き落とす。


この映画では、2人の女性が地上600メートルのテレビ塔の上に取り残される。

その命を賭けた脱出劇には、重力というシンプルで絶大な恐怖がどこまでも付きまとう。

主人公が立ち向かう脅威が例えば大海を泳ぐサメだったら、サメのムラっ気も期待できるかもしれない。

それに比べて重力の恐怖というのは一貫してぶれない。

彼女たちの手が、足が、高くそびえ立つ鉄塔から少しでも離れてしまえば、全てが明確に終わってしまうのだ。

それにしても外にむき出しの600メートルの高さの鉄塔に登るなんて愚行と言わず何と言えばいいのだろう?

例えば、あの東京スカイツリーの高さが634メートルなのだ。

その点、物語は一定の説得力を持たせる。

主人公たちはフリークライミングを趣味としていて、1人(ハンター)はSNS中毒だ。

もう1人(ベッキー)はクライミング中の事故で夫を亡くしていて、今回の鉄塔クライミングはその弔いを兼ねて計画された。

先日、とある国内遊園地のフリーフォールがてっぺんで停止してしまい4時間にわたり人が取り残された悲劇が現実に起きてしまったのも記憶に新しいが、あの時の高さで約50メートル。

この映画はその12倍もの高さで、もちろん地上には彼女たちの救助を要請するギャラリーなど一切いない。

絶体絶命という言葉がこれほど似合う状況もなかなかないだろう。

その圧倒的な高所の描写に全く心は休まらず、手に変な汗をかいた状況がひたすら続くはずだ。

鉄塔から何とか落ちずにいるというだけで動悸が収まらないような状態なのに、そこに人間関係のドラマが容赦なく折り重なってくる。

正直「地上600メートルの場所なんだから、放っておいてあげて!」とでも言いたくなる展開。

まあ、そうでないと映画ってものは面白くならないわけだけど。

映画『ゼロ・グラビティ』では無重力の恐怖空間からの決死の生還劇が描かれたが、本作が逃れなければならないのは「重力」の恐怖からだ。

極限の状況下で、折れそうな心を奮い立たせて、胆力を振り絞り、想像力を尽くすことが要求される。

ミスは決して許されない。

映画の最中は絶えず心を揺り動かされ、映画館を出る際には何かを成し遂げた後のようにぐったりと疲労感を味わえること請け合いの1本だ。

 

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