【レビュー】美しい島国でのリアルを切り取った感動作―『ルッツ 海に生きる』




地中海の美しい島国マルタ共和国。

そこで制作された映画が日本で公開されるのは本作が初めてらしい。

自分はかなり前にマルタを訪れたことがあるが、何と言っても海が綺麗で、港町を含む街並みの雰囲気や美味しい料理にも魅了された良い思い出が残っている。

中でも印象的だったのは、港に停泊している木造の船の正面に施されたかわいい2つの目のデザイン。

これは古代フェニキアの習慣に由来する「オシリスの目」と呼ばれているもので、漁師の安全を守ると信じられているらしい。

あの時の旅で見たいくつもの目を日本公開の映画の中でまた見ることになるとは…と個人的に感慨にふけったりもしたのだが、それより本作、その内容で描かれているのはマルタの美しい部分だけではない。

むしろ観光国としてのマルタからは離れて、そこである人たちが厳しい生活を送っている実情をドキュメンタリーさながらにカメラが映し出している。

主人公のジェスマークは、曽祖父から代々受け継いできたマルタの漁船ルッツに乗り、伝統漁に精を出す若い漁師だ。

古い船には不具合が見つかり、ただでさえ不漁なのにEUの共通漁業政策(CFO)の禁漁等のルールも漁師を保護するどころかジェスマークのような個人の漁師を苦しめている。

生まれたばかりの息子の発育不良の治療にも予想外の出費を強いられ、そんな経済事情から妻デニスとの関係も悪化してきた。

背に腹を変えられぬ状況に陥ったジェスマークは、伝統を守る漁師としてのプライドと厳しい現実の間で葛藤に苦しみ、やむにやまれずある行動をとってしまう。

美しい景観や美食で知られるマルタ島だが、実はアフリカから船で押し寄せる移民問題といったシリアスな問題を抱えていることでも知られている。

しかし本作が焦点を当てるのは島の伝統に寄り添い生活する漁師とその家族の生活だ。

若く誇り高い漁師が家族3人でのささやかな生活を維持するのに苦しみ、もがき、前に進もうとする姿に映画は丁寧に寄り添っていく。

監督自身が公言しているように、本作は戦後のイタリアのネオレアリズモの映画にインスピレーションを受けてその系譜を受け継いでいる。

そこで採られる手法は、音楽や景色でダイナミックに人の情緒を揺さぶるというより、個人の尊厳や葛藤それ自体が感動を呼び起こすような描写だ。

海や太陽や魚はまるで何も悩みがないかのようにそれまでどおり美しく存在し、そんな大きな存在の前で人間たちは悩み迷い決断して行動する。

ジェスマークとその漁師仲間のデイヴィッドを演じた2人はそれぞれ役名と同じ実名を持つ実際の漁師だ。

たくさんのルッツにデザインされた2つの目が変わらない眼差しを投げかける中、彼ら漁師の眼差しは揺れ動く心や強い決意を反映して次第に変わっていく。

美しい島国から贈られたこの映画は、そんな変わらない伝統の美しさと変わりゆく現実の厳しさを伝える、紛れもなく「人間」を描いた感動作だ。

 

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